2018年2月25日日曜日

「読書尚友」が生きる支えだった

吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』が売れに売れているという。
マンガ版が火をつけたそうだが、原作の岩波文庫もにわかに売れ出した。
もうすっかり内容を忘れてしまったが、実はボクも読んだ、半世紀も前に。

青春期は「迷い悩む」時期でもある。
生き方に悩み、人間関係に悩み、性に悩む。
半世紀前のボクは全身〝悩みのデパート〟だった。
対人恐怖症や自律神経失調症に悩まされ、
情緒不安定だったせいか友達がひとりもできなかった。

その一方でガールフレンドだけはしっかり確保し、
ちぎっては投げ、契っては投げ(?)していたのだから、
野郎どもから見れば「なんともいけ好かないやつ」ということになる。
友達ができないというのは、自分の側に主な責任があった。
対人恐怖症のせいなのか、相手との適正距離感というものがうまく
掴めなかったのだ。人間関係は個々の相手との適正距離をどうとるか、
に尽きる。そのコツさえわかれば、双方にとって居心地のよい場が形作られる。

それと相手を必要以上に意識するのもペケだ。
若い頃はともすると自意識過剰ぎみになり、相手に対してもつい気をつかい
過ぎてしまう傾向がある。齢を重ねると、場数だけは踏んでいるので、
常に自然体の自分でいられるようになる。相手にどう思われようと、
「ま、いいか」と気にしない。相手に嫌われようと笑われようと、
「どうぞご勝手に」とまるで意に介さなくなる。面の皮が厚くなるともいうが、
「ありのままの自分でありさえすればいい」という、
いってみれば賢く開き直れるようになるのである。

そうした境地に達するまでは、いろんな経験を通して、自分なりの
人間観なり人生観といったものを形成していくわけだが、若い時分は
総体としての経験が少ないからそれができない。未熟なるがゆえに、
傷つけ傷つき、出口のないトンネルの中で光を求めもがき苦しむ。

いまから思えば、「なぜあれほどまでもがき苦しんでいたの?」
と、当時の自分に問いかけたいくらいだが、当時の神経症を患っていた
自分にしてみれば、それこそ必死で魂の救済を求め苦しんでいたのだ
と思う。

そんな時、手にとった一冊が『君たちはどう生きるのか』だったのだろう。
鮮明な記憶がないので、ボクの琴線に触れる内容ではなかったのかもしれない。
あの頃、ボクは飢えた狼みたいに、文学書をむさぼり読んでいた。
『人間失格』『若きウェルテルの悩み』『にんじん』『冬の蠅』『三太郎の日記』
さらには『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』と、生き方の指針が得られそうな本は
手当たり次第に読み飛ばしていった。

ボクが対人恐怖症だった、赤面恐怖症だった、などというと、
友人たちは「冗談でしょ」というような顔をする。
「あんたに悩みなんかあったんかいな?」
失礼なやつはそんなことまで言う。これじゃァただのバカだ。

新聞下段の書籍広告欄を見ると、「生き方のノウハウ」をテーマにした本が
ことのほか多いことに気づく。老いも若きも生き方の指針が見つからず、
もがき苦しんでいるのだろうか。いまのボクなら
「いつか時が解決してくれますよ」
とのんきに答えられるが、昔のボクがそうであったように、
当事者にしてみれば生きることそれ自体が苦しみそのものなのである。

およそ1万冊の蔵書の中には、若い頃の傷つきやすかった自分を支えてくれた
本が数多くある。読み返してみようとはサラサラ思わないが、「読書尚友」
という習慣、すなわち書物を通して先人たちに親しむという習慣が、陰に陽に
今日までボクを生きながらえさせてくれたことは確かだろう。
「友達は死んだ人にかぎる」
とはボクの師匠・山本夏彦の名言だが、書物の中の先人たちに教え導かれた
ボクは、この言葉の重みを心底実感しているのである。


←版元は歴史的名著などと宣伝しているようだが、
はたしてそうか。

2018年2月23日金曜日

デカけりゃいいってもんじゃない!

スピードスケート女子団体パシュートで日本の4人が会心の滑りを見せてくれた。
出場選手は高木菜那、美帆姉妹に佐藤綾乃、菊池彩花の4人。菊池(170㎝)は
準決勝で文字どおり高木姉妹の〝壁〟となり、捨て石となることで、みごと
決勝要員の体力を温存させてくれた。ちなみにパシュートpursuitとは追跡とか
追い越しの意だ。

団体パシュートは個々人の能力はもちろんだが、一糸乱れぬ滑りで、いかに
正確にラップを刻むかが鍵になるという。そのためには「ワンライン」と
呼ばれる一心同体の隊列を組まなくてはならない。振りあげる手、足の運び、
前傾の角度までピッタリ揃え、真正面から見るとまるで一人の選手が滑って
いるように隊列を整える。すべては風の抵抗を最小限にとどめ、最後の周回まで
体力を温存させるためである。

団体パシュートのスピードは時速50㌔以上。このスピードで車の窓を開け
はなったときの風圧を想像してもらえれば分かるが、風圧をもろに受けると、
体力は著しく消耗する。なにしろ横に身体が40㎝ズレただけでも一人で
滑っているのと同じ風圧を受けるというのだから、交代で風よけの〝壁〟を
つくるという理屈もよく理解できる。

壁も大事だが、隊列の組み方も大事だ。風の抵抗を最小限に抑えるため前の
選手にピッタリくっつき、美尻を拝むようにして滑る。ワンラインから生まれる
穏やかな気流の渦の中に入ってしまうと、後続選手は実に楽チンなのである。

そのことは水泳でも実感できる。ボクはよく同じような力量の仲間と
インターバル練習をやったものだが、先行する人のバタ足がつくり出す水流の
渦や泡に身をまかせてしまうと、なんというか、ほとんど水圧を感じずスイスイ
と泳げるのである。あまりに楽チンなので調子に乗り、勢い余って先行する
見知らぬオバちゃんの股ぐらに頭から突っ込んでいってしまったことがある。
(よりにもよってオバンの股ぐらかよ……若い娘だったらどんなによかったか)
そんな不謹慎なことを想いながら平謝りに謝ったものだが、それくらい水圧とか
風圧の影響は大きいのである。

日本チームは1周400㍍のラップを28秒台でキープ、対するオランダチームは
27秒で刻むこともあったが、最後の1周は30秒台とややバラツキがあった。
この勝利は体力に勝る欧米選手が、小柄で体力の劣るアジア人選手に敗れた瞬間
でもあったし、西欧の個人主義が「和を以って貴しとなす」とする日本精神に
敗れた瞬間でもあった。

ずいぶん大仰な言い方をする、とお思いだろうが、リオ五輪での男子陸上
400㍍リレーを思い起こしてもらいたい。日本チームは個々の力では決勝へ
進めるレベルの選手はいなかったが、独自に編み出したバトンパスのおかげで
みごと銀メダルを獲得することができた。個人レースとちがって団体の場合は、
息の合ったチームプレーと、バトンの受け渡しといった微妙な必勝テクニック
が勝敗を分けるのだ。

ああ、それにしても大和撫子たちのなんと健気で頼もしいこと。
長身のオランダやアメリカの選手に比べると、悲しいくらいに〝ちっこい〟
が、根性と肝っ玉?だけは図太い。ナニの話ではないが、デカけりゃいいって
ものでもないのだ。それに彼女たちの輝くような笑顔。カーリング女子の
スキップ・藤澤五月の笑顔にスケベーな韓国の男どもがメロメロ、と伝え聞くが、
団体パシュートで〝捨て石〟となった菊池彩花のこぼれるような笑顔もまたいい。

スケベーなボクは菊池の笑顔を見るたびに、
「菊池ィ! かわいいよォ! おじさん死ぬまで応援してっから」
とテレビに向かって咆えている。菊池にはえらい迷惑だろうが、
彩花(気安く呼ぶな!)はボク好みの女なのだ。メディアの阿呆どもよ、
高木姉妹ばかりにスポットを当てないで、縁の下の力持ちを演じた
菊池彩花にも少しは光を当ててくださいな。ゲーテの臨終の言葉ではないが、
「Mehr Licht! (もっと光を!)

←左端がボク好みの菊池彩花。







photo提供:Yomiuri

2018年2月21日水曜日

みなさんのおかげです

「行け、いけ、いけ、ニャオ! いけーっ!」
女子スピードスケート500㍍。日本の小平奈緒がみごと金メダルを
獲得してくれた。ボクと女房は放送が始まるやテレビ画面にくぎ付け。
「ニャオ、がんばれ! ニャオ、ぶっちぎれ!」
などと、その声援の、なんとまあ、かしましいこと。

さかりのついた猫みたいに「ニャオ、ニャオ」とうるさいわが家。
奈緒がなぜ「ニャオ」になるかというと、わが家の次女が「ニャオ」だからだ。
小平奈緒もわが豚児も、名前が「ナオ(一字ちがうけど)」で発音が同じ。
うちでは今でも幼児期そのままに「ニャオ」と呼んでいるので、小平奈緒も
勝手に「ニャオ」にさせてもらった。臆面もなく言わせてもらうと、
小平も次女もお目々パッチリの色白美人。心優しいところも共通しているもの
だから「ニャオ、ニャオ」と、つい小平選手への声援に力がこもってしまうのだ。

一流選手が力を出し切ったあとの涙は、勝っても負けても美しい。
選手の中には禁止薬物を使ってまで勝ちたいとする卑怯者も一部にいて、
一流選手が必ずしもFairplay精神の持ち主とは限らないが、
それでもボクは全力を出し切り、精も根も尽き果てたときに自然とあふれ出る
涙の清らかさを信じたい。高木美帆や小平奈緒の涙はことのほか美しかった。
ボクも思わずもらい泣きだ。

スポーツはいい。ボク自身ははそれほど運動神経が発達しているとは思えないが、
スポーツは大好きで、平均的でよければ、どんなスポーツでもソツなくこなせる。
スケートも好きで、若い頃はリンクでよく滑った。当時、ハーフスピードの
スケート靴を持っていて、軽井沢まで足をのばしては兄とよく天然リンクで
滑ったものだ。

テレビ番組で見たいと思うのは、スポーツ番組とニュースだけ。
アホな芸ノー人が勢揃いし、下卑た笑いが横溢するバラエティなどという
番組は金輪際見ることはないし、わざとらしい演技と幼稚な演出が目立つ
日本のドラマを見ることもない。ウソで固めた韓流ドラマなど論外だ。

選手たちはよく、「多くの皆さんの応援のおかげでここまで来られました」
と、マイクを向けられるたびに常套句のようなセリフを口にする。最初は、
(なんだか、むりやり言わされてるみたい……そう言っておけば無難だしな)
と、いくぶんわざとらしく聞こえたものだが、今はちがう。
自分の力を超えたものがある、という感覚。それは努力をしたかどうかを
超えたもの。選手たちは心からそのことを実感して、「おかげさま」という
言葉を自然と発しているのではないか。ボクはそう確信している。

ひとには誰でも、
(何かの力で自分は生かされているのでは……)
と感じる時がある。この世に生を受け、自分なりに精いっぱい
生きてきたけど、ふとした拍子に、
(今の自分は両親やご先祖、友人たちといった多くの人たちの
〝見えない応援〟によって支えられているのではないか。
運命という名の見えない手と手で、遠い宇宙の連環にまでつながって
いるのではないか……自分なんてミミズとかオケラと同類で、
たとえ名声を博しても所詮ちっぽけな存在でしかないのでは……)
そんなふうに思えることがある。

なんだか荒唐無稽な話をしているように思えるかもしれないが、
年齢を重ね、ある程度の経験を積み重ねてくると、
宇宙の根源にある無限のエネルギー、そのエネルギーには明らかな
「意志」があるように思えてくる。その大いなる意志が自分を生かして
くれているのではないか。

「おかげさま」という言葉は「(神仏の)お加護さま」から来ているといわれる。
日本人選手の心からの「おかげさま」を聞くたびに、決して驕らず、
常に謙虚な日本人っていいなァ、と思い、ついつい顔がほころんでしまうのである。


←2位のイ・サンファをやさしく
抱きしめる小平奈緒選手。ニャオ
という名の子はみんな心優しいのォ、
グスッ。


photo by スポニチ

2018年2月10日土曜日

国防婦人会のおばちゃんたちとおんなしだ

今朝も近所の「和光樹林公園」に行ってきた。
例によって7㎏のダンベルを背負い、完全防寒のいでたちだ。
調子のいい時は、これにアンクルウェイト(くるぶしに着ける重り
をそれぞれ2㎏ずつ着け「7㎏+4㎏=11㎏」の負荷をかけている。
体重が80余㎏だから「80余㎏+11㎏」で計91㎏ほどになり、
その重さで5キロほどのコースを歩く。

徒歩だと体重の3倍が膝にかかり、走ると5倍がかかるという。
となると「91×3=273㎏」が両膝にかかる計算になる。
あいにく膝が関節症でいかれていて、過度の負荷は厳禁なのだが、
持ったが病でこればっかりはどもならん。

前回も書いたが、1周1000㍍のタータントラックは避け、その縁の
芝の上を歩いている。歩くたびに神経が悲鳴を上げるくらい軟骨が
すり減ってしまっているのだが、ごまかしごまかし歩いていると、
どうにかこうにかノルマは達成できる。腕が利かず、水泳も筋トレも
できない身体となれば、せめて下半身だけでも鍛えておかなくては、
と半分切羽つまった気持ちで歩いている。

ぶじに歩き終わり、公園をあとにしようと入口に向かったら、
なにやら10人ほどのおばちゃんたちが叫んでいる。
「平和憲法を守りましょう! 憲法9条を守りましょう!」
土曜日で公園への人出が多いと見たのか、元気いっぱいのおばちゃん
たちが道行く人に声をかけ、署名をお願いしている。

その中に知り合いのおばちゃんがいて、思わず呼び止められてしまった。
(まずいな……)
あっちはいつもと変わらず、ごくふつうの気持ちで声をかけたのだろうが、
あいにくボクは「廃憲派」であり「改憲派」だ。彼女たちが言うところの
「平和憲法」なんて毛ほども信じていないし、こんなもの、GHQがむりやり
押しつけた戦時国際法違反のトンデモ憲法だと思っている。要はボクにとっては
世界一非常識な、煮ても焼いても食えない唾棄すべき憲法なのだ。

そのインチキ憲法を後生大事に守っていれば、未来永劫平和でいられる、
というのが、失礼ながら、ここに居並ぶおばちゃんたちの信じるところ
なのだと思う。「平和、平和」とお題目のように唱えていれば平和が続くだろう、
とする「念力平和主義」の信奉者が、きっとこのおばちゃんたちの正体なのだ。
103条まである日本国憲法は隅から隅まで読み、「前文」も熟読玩味しました、
という人はたぶん少ないのではないか。いや、ひょっとすると一人もいない
かもしれない。

ごくふつうのオツムがあり、日本人としての誇りが一片でもあれば、
読んでいてこの押しつけ憲法はどこかおかしい、と思うのがふつうで、
「前文」にいたっては噴飯もの、とボクなら正直に言える。日本語だって
翻訳調のかなり怪しいものだし、読み込んでいくと、アメリカが意図した
目論見が実によく透けて視えてくる。煎じ詰めると、日本なんて野蛮な国は、
未来永劫、4つの島の中に押し込め、二度と白人たちに逆らえないように
子々孫々まで骨抜きにしてしまえ!――日本国憲法を裏読みするとこうなる。

「ごめん、ボクの考えは皆さんとちと違うんだ。残念だけど署名はできません」
キッパリそう言うと、知り合いのおばちゃんは幽霊でも見たかのように
目を丸くしていた。
でも、しかたがないよね。節を曲げるわけにはいかないもの。

戦争なんて、だれだって避けたいと思っている。
問題はどうやって避けるかの方法論の違いだけだ。選択肢はいろいろあるが、
ボクは紙っぺらに書かれた念仏平和憲法などより、現実的な〝戦争抑止力〟
というものをまず考える。生来、理想主義は心の奥底にしまい込み、
リアリズムだけに依拠しようと自らに言い聞かせてきた。
外からの軍事的脅威には断固軍事力で対抗する。
「やってみろよ! 10倍にして返してやるからな!」
簡単に言ってしまうとこれが実効性のある戦争抑止力となる。

平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、
われらの安全と生存を保持しようと決意した
わが憲法の前文には、こんなノーテンキな文句がつづられている。
(日本国の命運を〝平和を愛する〟隣国の皆さまにお預けいたしますので、
煮るなり焼くなり、どうかお好きになさってくださいまし……)
わが日本国憲法の前文には一国の安全保障を自ら放擲し、
今後は軍隊など保持せず他国の温かい善意にすがって生きていきます、
とマンガみたいなことが書かれている。

支那、ロシア、北朝鮮、韓国……日本の「麗しき隣人たち」のどこをどう叩けば、
《平和を愛する諸国民の公正と信義》などというおめでたい言葉が浮かんで
くるのか。公正と信義に最も遠い〝ならず者国家〟にしか見えないのは、
ボクがひねくれ者で、ボクの目がいたずらに曇っているためなのか?

平和憲法を守れ、と連呼する気のいいおばちゃんたち。
その素直で純粋すぎる気持ちには満腔の敬意を表したいが、
パワーポリティックスが支配する政治の世界はそれほど生やさしいものではない。
(あの人、危険な右翼かも。やさしそうな人だと思っていたけど……)
ボクの後姿を見て、おばちゃんたちはそんなふうに思ったにちがいない。

憲法改正反対を唱えるおばちゃんたちは、
「パーマネントはやめましょう! 長い袂(たもと)はつめましょう!」
と、かつて銀座の街頭に立って若い娘たちの髪や着物の袂をちょん切った
あの国防婦人会のおばちゃんたちと、同じおばちゃんたちだ。
平和を唱える行為も、武運長久を祈って千人針を寄進する行為も
所詮はコインの裏表。やっているのは紛れもない同じ人間なのである。


←ボクの理屈はこうしたおばちゃんたちに
通じるのだろうか、といつも不安に苛まれる。
日本が平和でいられるのは憲法9条のおかげ
なんかじゃなくて、自衛隊と日米安保条約の
おかげなんですよ、おばちゃんたち、
聞いてますか? 





2018年2月8日木曜日

はぐれ猿としての生き方

わが家から歩いて5分ほどのところに「県営和光樹林公園」がある。
広大な園内には合成ゴムで固めた全天候型のタータントラックがある。
1周1000メートルと800メートルのものがあり、ジョギングしたり、
速歩したり、のんびり歩いたり……老若男女が日夜さわやかな汗をかいている。

ボクもリハビリを兼ねて時々出没する。
いでたちはフル装備で、防寒服に身を固め、靴は頑丈なトレッキングシューズ。
背にはおよそ7キロのダンベルを背負っている。先ほども3周ほどしてきたのだが、
もう下着は汗でびっしょり、いまだ風邪が抜けないので急いで着替えた。

ボクはタータントラックの上は歩かない。合成ゴムの反発力が強すぎるのか、
膝に余計な負担がかかってしまうのだ。もともと膝がわるいものだから、
人工的なトラックは避け、トラックの周縁の自然な芝の上を歩いている。
性格的なものもある。生来、つむじが曲がっているためか、「決められた道」
を避けたいとする性向がある。

もともと一匹狼的なところがあって、若い頃から極道用語でいうところの
「一本どっこ」路線を歩んできた。サラリーマン生活はわずかに13年そこそこ、
あとはずっとフリーランスでやってきた。
「自由業ですか……うらやましいですね」
よくこんなふうに言われる。人間関係のしがらみもなく、
勝手気ままに生きている、といったイメージらしいが、
「自由業というのは、実は一番の不自由業なんです」
と、こっちとしては声を大にして言いたい。

アクが強いとか個性的、とよく言われるが、組織が苦手というわけでもなく、
協調性に欠けるということでもない。ただ生涯、組織に属さず生きてゆけ、
とどこか宿命づけられているような気がしている。「寄らば大樹の陰」的な
生き方が生理的にいやなのかもしれない。

こうしたはぐれ猿は総じて長生きしないそうだ。
が、自分の気持ちに正直に生きてゆきたいので、いまさら人と群れようとは
思わない。なにしろ「人と群れるな」をモットーとしてきた人間で、
事あるごとに娘たちにもそう教えてきた。主体性を持たず付和雷同的な行為に
走ることが、いかにみっともないことか、そして必ず道を誤る、と骨身にしみて
分かっているからだ。

メディアはふたこと目には「世論」だとか「民意」をダシにして政府を攻撃する。
民主主義も行きづまると衆愚政治に陥るというが、日本はすでに立派な衆愚政治
に陥ってしまっている。曽野綾子女史はこう言っている。
『世論なんてお盆の上の豆みたいなものね。お盆を右に傾ければ右へ、
左へ傾ければ左へ、ザザーッと一斉に転がってゆく。新聞報道もおんなじね』

衆愚政治から逃れるにはある種のエリート主義的な考え方や価値観を
導入する必要があると思われるが、具体的にどうやればいいか、
となるとよく分からない。ボクの師匠の山本夏彦は、
『ミニも流行、言論も流行』
といった。この世の中には流行・風俗以外の何ものもない、と見切っていた。
『ひとは大ぜいがすることをする。大ぜいが言うことを言う』
このことは男女を問わない。男だっていま流行の言論しか言わない、と。

メディアの連中は恥ずかしげもなく「世論に従うことこそ是なり」
などと公言するが、こうした俗論にふれるとボクはしばしば逆上する。
師匠譲りなのだろう、そもそも民主主義という言葉が大きらいなのだ。
しかし一方で国事を憂い〝乃公(だいこう)出でずんば〟と思って
いたりするのだから、大根(おおね)のところはキマジメなのだろう。

タータントラックの話から大きく外れてしまったが、
心のどこかに、いつの日か「一隅を照らす」ような人間になりたい、
とする思いがあるのだと思う。
人生は死ぬまで修行なのか。


←このトラックのふちの緑の上を歩く。
そのほうが膝にはずっと優しい。
(写真は和光樹林公園)