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2020年10月6日火曜日

マスクの苦手な人だっている

 少し前に、マスク着用を拒否して、飛行機から降ろされた乗客がいたけど、彼は拒否した理由をハッキリ言わなかった。マスクをすると気分が悪くなる、といったニュアンスのことは言っていたような気がする。遅延もあるから、他の乗客にとっては迷惑な話で、機内から出されるとき、思わず拍手が巻き起こったらしい。

 今はどこへ行くにもマスクが必要で、電車内などでマスクをしていなかったら、非難するような鋭い視線にさらされる。スーパーでも、毎週通っている市民プールでもそう。プールでは入り口で手の消毒と検温、追跡調査用の連絡先まで書かされる。

 最初の頃はマスク不足が大きな社会問題になったものだが、今ではマスクが過剰気味。地味で使い勝手の悪いアベノマスクは抽斗の奥深くにしまい込まれ、街は白、ピンク、黒、柄物と色とりどりのマスクであふれている。

 ボクは機内から出された乗客と同じで、マスクが苦手である。できるなら着用を拒否したい。10数年前の自分なら、そんな行為に及ばないのだが、今なら「No!」と言うかもしれない。なぜって、病気だからである。英語で言うとclaustrophobia。日本語で言うと「閉所恐怖症」である。

 ボクはある日突然この病気に罹ってしまった。結果、飛行機や地下鉄に乗れなくなり、今も飛行機には乗れない。長いトンネルや窓のない部屋もダメで、以前、地下のライブハウスで友人の演奏を聴いていたら突然呼吸が苦しくなり、慌てて部屋を飛び出したことがある。

「気道を塞がれる」というイメージがまずあって、過呼吸の発作が起きると、大げさではなく〝死〟を思ってしまう。そのため首を圧迫するネクタイなどはできることなら締めたくない。かなり重症だった頃、バスに乗っていて自分の左指の結婚指輪をさりげなく見ていたら、急に呼吸が苦しくなり、バスを飛び降り、近くのデパートに駆け込んだ覚えがある。宝石売り場へ急ぎ、「すみませ~ん、この指輪を大至急切断してくださ~い!」ボクは叫ぶように訴えた。

 店員は最初、こちらの慌てようにビックリしていて、事情が呑み込めないようだったが、こっちの必死の形相に飲まれたのか、大急ぎで切断してくれた。指から抜くのではなく切断。大事な結婚指輪だが、ボクは容赦なく切断した。指輪が外れた時、ボクは深く息を吸い込み、「ああ、助かった……」と、ようやく安堵した。店員は目を白黒させていた。

 閉所恐怖症なんです、と言うと、人はクスリと笑い、信じられないといった面持ちで、「そんなごっつい身体をしている嶋中さんが? 信じられな~い」とまじまじとボクを見つめる。身体つきは関係ない。性格も関係なし。相撲取りだって罹るし、殺されたって死にそうにないトランプ大統領だって罹るときはかかる。とにかく窓のない狭い部屋に閉じ込められると、気道が塞がれるという恐怖感に襲われ、パニック障害を起こす。ボクの場合はいわゆる過呼吸症候群というやつで、息が吸い込めなくなって気絶してしまう。

 あとで医者が言うには、「ムリに吸い込もうとするからいけない。吸い込むんじゃなく吐き出すんだ。吐き出せば自然と吸い込めるようになるから……」まさにそのとおり。ムリしてでも息をぜんぶ吐き出す。すると自然と息を吸い込めるようになる。医者の言うとおりだ。

 今でも医者に処方された精神安定剤みたいなものは服用しているが、朝の満員電車に乗らなくてはいけない、といった時以外は服むことはない。あれほど仕事で海外に行っていたのに、この病気に罹ってからは一度も海外渡航はなし。あの狭い飛行機に乗っていると想像しただけで、もう呼吸が荒くなってしまう。どうしても乗らなくてはいけないという緊急事態が起きたら、それこそべろんべろんに酔っぱらって乗り込み、同時に睡眠薬で眠りこけるしか手はない。そういう事態にならないことをひたすら祈る。

 あのマスク着用を拒否した乗客は、もしかしてぼくと同じ病気の「閉所恐怖症」だったのじゃないか。それともただのへそ曲がりか。

 とにかくこの新型コロナの流行が早く収まってくれないと、マスクとの闘いがずっと続くことになる。世の中には、マスクの苦手な人がいて、中にはこうした病気を抱えている人もいるんだよ、という事実も知っておいてほしい。

 コウモリっ食いの中国人のおかげで、世界中が迷惑している。あの豚まんみたいな顔をした習近平さんよ、土下座して世界の人々に謝りなさいな。まさかあれって、中国軍の開発した細菌兵器の一種じゃないだろうね。 




 



2020年9月10日木曜日

♪月光仮面のおじさんは……

数年前まではよくテレビを観ていた。
アメリカの『NCIS(ネイビー犯罪捜査班)』がひいきで、
マーク・ハーモン演ずるリーダーのギブス捜査官を中心に、
トニーやマクギー、ジヴァやアビーといった個性豊かなメンバーが
脇を固めている。ほとんど笑わないギブスは年齢が近いせいか、
ふしぎに親和性を覚えたものだ。

MLBもよく観た。日本のプロ野球にはまったく興味はないが、
イチローや大谷が活躍するMLBは迫力があって面白かった。
過去形にしたのは、今はほとんど観ないからだ。
観ようという気力がウソみたいに無くなってしまった。
加齢による好奇心の減退なのだろうか。

今、テレビは観ることはみるが、ニュースしか観ない。
テレビをつければバラエティと称するバカ番組ばかりで、
司会者にしろ出演者、コメンテーターと称する連中にしろ、
ほとんどがお笑い系の芸人かタレント、それと〝オカマちゃん〟一色になっている。
テレビ番組がここまでお笑い系に席巻されている国は他にあるだろうか?

ボクはヒマなおじさんだが、お笑いタレントやジャリタレのつまらないコメントを
聞かされるほどヒマではない。左翼人士が集まる関口宏司会のバカ番組
『サンデーモーニング』では、元プロ野球選手の張本勲が偉そうに「喝ッ!」
などと叫んで、上から目線で説教を垂れている。選手時代は好きな選手の一人
だったが、テレビで「喝ッ!」を連呼するようになってから、
一気にきらいになってしまった。

〝アッコ〟などと呼ばれ、姐御風を吹かしている和田アキ子も大きらい。
あの口を尖らしてしゃべる品のないご面相もきらいだが、自民党の総裁選について、
「こんなんでいいのかね?」
などと疑問を投げかけ、それをご丁寧にもメディアがひろって、
記事にしているのが気に入らない。テレビタレントふぜいが、
大した知識もないくせに、何を偉そうに、などとボクは思ってしまう。
たけしがこう言った。坂上忍がこう言った。玉川徹がこう言った……。
何を言おうと勝手だが、メディアが取り上げるほどのことかよ、とボクは思う。

ことほどさように、テレビをつければおバカなタレントがしゃしゃり出て、
つまらぬギャグを飛ばしてはギャハギャハとバカ笑い。元スポーツ選手や
元政治家(何か不始末をしでかして辞任に追い込まれた連中)も、
何を勘違いしているのか、コメンテーターの席に陣取って、
いっぱしの正論を並べている。誰が聴くもんか、そんなたわ言!

テレビというメディアは、敗者復活戦を許してくれる温情溢れるメディアで、
「このハゲ――――ッ!」で有名になった豊田真由子議員や、
〝不倫議員〟として名を馳せた宮崎謙介元議員も、今や堂々と出演している。
豊田などはこれ以上ないくらいの笑顔を振りまき、
(私は巷間言われているほどの悪女じゃないんです。ほんとうは善人なんですゥ)
てな調子で、笑顔の大安売りで必死に失地回復を図っている。

かつてテレビは希望の星だった。
『月光仮面』『怪傑ハリマオ』『少年ジェット』『アラーの使者』……。
ボクたち小中学生はどれほどテレビの中のヒーローに憧れたものか。
月光仮面や少年ジェットはホンダのスーパーカブに乗っていた。
今から思えば、
「あれって、新聞配達のおっちゃんが乗ってるバイクだよね」
と、呆れられるような代物なのだが、当時のボクたちの目には
圧倒的にカッコよく映った。月光仮面と新聞配達のおっちゃんとが
重なることはなかった。

テレビと共に青春を過ごしたぼくたち世代は、SNSにお株を奪われた
テレビという媒体に愛想をつかしている。広告料が以前ほど入らない
テレビ各局は低予算でできるバラエティ番組に草木がなびくように
なびいていってしまう。結果、視聴者離れが起き、広告主も離れて行ってしまう。

ボクは『月光仮面』や『隠密剣士』『てなもんや三度笠』といった昔懐かしい
番組の再放送を望んでいる。デジタルリメイクした作品なら、新たなファンも
獲得できるかもしれない。大口あけてバカ笑いしているタレントなんぞの顔を
見るより、どれだけ建設的なことか。

そういえば近くNHKの番組制作者が、わが家に取材に来るという。
料理記者のカミさんに有名シェフの話を聴くためだが、ひと息ついたところで
話に割り込み、『鶴瓶の家族に乾杯』なんかやめにして
(あのいけ図々しい鶴瓶がきらいなのだ)、『月光仮面』を放映してくれ
と頼んでみようかしら。
「えっ、月光仮面って何ですか?」
若い世代だったら、話がピーマンだったりして(笑)。
だめだ、こりゃ。





















2020年8月27日木曜日

大坂なおみと同じ悩み

テニスの「全米オープン」の前哨戦ともいえるNY市の「ウエスタン・アンド・
サザン・オープン」で、大坂なおみが快進撃を続けているが、27日、突然、
準決勝をボイコットすると宣言した。

理由はウィスコンシン州ケノーシャで、警察官が背後から黒人男性を銃撃した
事件がきっかけで、今、全米で警察への抗議デモが起きているが、大阪も
そのデモの一員として抗議の意を示したいのだという。

「私はアスリートである前に一人の黒人女性です。テニスをしている私を
見てもらうより、今はもっとやるべき大事なことがある」
とコメント。

コメントの最後に、警官から暴行を受けた4名の黒人の名前を記し、
「私は数日おきに新しいハッシュタグが生まれることに疲れ果て、
何度も何度も同じ会話をすることにウンザリしている」
と、怒りを綴っている。

車の後部座席にいた子供たちの前で、背後から7発の銃弾を撃ち込まれた
黒人男性は、命はとりとめたものの脊髄を損傷し、生涯車椅子の生活を
余儀なくされてしまった。彼がいったい何をしたというのだろう。
武器など持っていないし、ただ車に戻ろうとしていただけ。
たったそれだけのことで、アメリカでは発砲が許されてしまうのか。

何度も書いてきたが、ボクの叔母(父の妹)はアフリカ系のアメリカ人と
結婚した。だから、ボクの従兄弟たち4人とその子供や孫たちは、
#Black Lives Matter(黒人への警察の残虐行為に対する非暴力・非服従の抗議運動)
の当事者であり、被差別者側の悲しみや怒りに堪えながら生きてきた。
日本人の血が入っているから、まさしく大坂なおみと同じ悩みを抱えて
いるのである。

大坂なおみの試合を見られないのは、ファンとしては残念至極ではあるが、
大坂のいうように、テニスプレイヤーである前に一人の人間として行うべき
ことがあるのだろう。アスリートは政治に首を突っ込まないほうがいい、
などと日本では言われるようだが、運動選手になぜ政治的発言が許されないのか。

「お前たちはただの見世物なんだから、
だまってテニスをしていればいい。
難しいことはどうせ分からんだろうから、
頭より体を使え!」

政治的発言をきらう人たちは、おそらくこんなふうに考えているのではないか。
ずいぶん失礼な話である。こっちは人種差別ではなく職業差別。
スポーツ選手や芸人、タレントは〝見世物〟なのだから、
無い頭をしぼるより、汗を流して観客の声援に応えろ、ってか。

わが家にホームステイした外国人はいっぱいいる。
もちろん白人もいっぱいいて、みんないい子だったが、
彼らの心の中まで覗きこんだわけではないから、
人種差別問題についてどう思っているかは分からない。

人類の歴史を見ると、白人たちは近・現代を支配してきた。4大文明の発祥は
アジアやアフリカで、モンゴルやイスラム文明がヨーロッパ文明を圧倒していた
時代もあったが、現代に直結するこの400~500年は、白人たちの文化文明が
他を圧し、世界を事実上支配していた。

たかだか数百年、人類のトップに君臨していたからといって、
白人が優性遺伝の持ち主であるとは言えないのに、
彼ら白人たちは、
「自分たちこそが優性遺伝子の持ち主で、
他の人種は劣性遺伝でしかない」
と切り捨てる。ずいぶん乱暴な話である。

そもそも白人だろうが黄色人種だろうが、人類の元をたどれば、
アフリカの黒人たちではないか。以前も書いたが、白人は
黒人の劣性遺伝(Albino)で、いわゆる白子である。
その白子が約5000年かけて、今の白色人種になったといわれている。
つまり、白人が黒人をバカにし差別するという行為は、
ご先祖様に唾するような行為なのだ。白人だけが優性遺伝だ、
なんてとんでもない思い上がりなのだ。

歴史に無知だと、こういう高慢ちきな意識が生まれるのだが、
そもそも人間は愚かな動物なのだから仕方がない。

ハッシュタグが何度更新されようが、この世から差別はなくならない。
人間は差別を欲する動物だからだ。悲しいがこれが現実である。

連合国が戦後処理を話し合う「ポツダム会議」で、日本への原爆投下
に対して「予告すべき」とする声はあったが、英国のチャーチル首相は
敢然と無視、
「日本人は猿同然なんだから、ためらうことなく落とせばいい」
と米国のルーズベルト大統領を促した、という説もある。
長崎に投下された原爆の愛称は「ファットマン(ふとっちょ)」。
これはチャーチルのことらしい。

白人たちからすると、黒人も日本人も、人間というより〝猿〟に近い?
つまり、ボクの叔母はお猿さん同士で結婚したというわけか。

#Yellow Lives Matter(イエローマンキーだって人間です)
こんなハッシュタグが流行しないことを願うよ。



■速報によると、大坂なおみは一転して出場へ。
28日に予定されている準決勝に出場するという。
理由は「より強い抗議の意思を伝えられるから」としている。









2020年6月23日火曜日

朝日憎けりゃ……

ボクは朝日新聞が大きらい。
南京大虐殺だの、従軍慰安婦だの、ありもしないことを大々的に報じ、
日本の名誉を著しく傷つけた。まさに万死に値する、と言っていい。

他にも毎日や東京、中日新聞、さらには沖縄タイムスや琉球新報もダメですな。
もう救いようがない。沖縄タイムスは取材時にお世話になって、あんまり
悪口は言いたくないのだけれど、左翼活動家のアジビラみたいな記事は、
決して褒められたものではない。

それでも朝日や毎日を愛読している人は多い。
ボクの仲間にも数人いる。どこの新聞を読もうと個人の勝手で、
子供のころから馴れ親しんでいれば、なかなか他紙には鞍替えできまい。
それでもボクはあえて言いたい。
日本国民で、日本という国を心から愛していて、なおかつ日本人であることに
誇りを持っているのなら、即刻購読をやめるべきだと。

朝日・毎日がいかにダメな新聞であるか、ボクは仲間たちにも言ってきた。
ボクは思想信条の異なる人間と酒を飲みたいとは思わないので
(すぐケンカになるからw)、ボクがどんな考えの持ち主であるか、
事あるごとにしゃべってきたつもりだ。
そこで「ああ、こいつとはウマが合わないな」と思えば立ち去ればいいし、
賛同するものは留まればいい。ボクの話を聞いて朝日購読をやめた仲間は数人いる。

朝日新聞は人を見下すところがある。
自分たちはインテリを代表しており、
しかもインテリのための新聞を作っているんだ、と勝手に思っている。
こういうのを〝駄インテリの増上慢〟と呼ぶのだが、
ボクが雑誌記者の時、朝日の記者たちの驕り高ぶった態度を、
いやというほど見せつけられたことがある。

何の取材だったか忘れたが、ボクたちが駆けつけた都内某所には新聞や
雑誌の記者たちが群がっていた。そこへ遅れてきた朝日の記者が、
「おい、どけどけ。お前たち雑魚どもは後ろに下がっていろ!」
と言わんばかりに、むりやり人を押しのけて入ってきたのである。
(なんだ、この野郎。遅れてきたくせに一番いい席を取りやがって……)
見れば、朝日の腕章を腕に巻いていた。

この時以来の〝恨み節〟だから、ボクの朝日嫌いも40年の年季が入っている(笑)。
朝日がまともな報道機関などではなく、国民を平気でだます工作集団であることは
すでに自明で、慰安婦報道を見ただけで十二分にそれが知れる。
もともと慰安婦問題というのは朝日の報じた「吉田清治証言」が発端に
なっているのだが、この証言は創作だったことがすでに判明している。
書いた本人が、問い詰められ、
「えっ? あれって小説ですよ」
としらばっくれているのだから、開いた口がふさがらない。

事実、吉田の長男は、あるインタビューで、
「日本の皆様に本当に申し訳なく思っております。
できることなら、クレーン車で世界中の慰安婦像を撤去したい」
と発言している。吉田は韓国・済州島で自ら200人の女性を1週間で
狩り出した、などと書いているが、長男は、
「父は済州島なんか行っていません。家で地図を見ながら原稿を書いていました」
と証言している。あの連載した「吉田証言」はまったくの作り話だったのだ。

そんな折、大阪市の吉村洋文市長(現大阪府知事)が、米国サンフランシスコ市と
60年間続いた姉妹都市関係を解消すると宣言した(2018年)。
例の悪名高き在米韓国人団体が慰安婦像をサ市に寄贈し、サ市議会が公共物として
受け入れる決議をしたからだ。吉村市長はこの像の設置には反対し、
認めないよう市長に要請していた。

さすが朝日、吉田清治のインチキ証言を世界中に広めただけのことはある。
性根が芯から腐っている。朝日新聞はなんとこの吉村市長に噛みついたのである。
半世紀の長きにわたって育んできた大阪市とサンフランシスコ市の市民交流を
市長の一存で断ち切ることは許されない、というのだ。

ふざけるな、この野郎!
そもそもお前ンとこに連載した詐話師・吉田のニセ証言が騒ぎの発端だろ!
『旧日本軍によって数十万人の女性が性奴隷にされた』
『囚われの身のまま亡くなった』
などと碑文には書いてある。
事実に基づかない記述に抗議の声を上げるのは、
日本人として当然じゃないか。
朝日新聞こそ、まっ先にサンフランシスコ市に出向き、
「この碑文の記述は私たちが載せたガセネタが元になっています。
どうか取り下げてください」
と、土下座してでもお願いするのが筋だろ!
それを何だ! 吉村市長の暴挙は許せない、ときたもんだ。

ことほどさように、この朝日という新聞社は〝反日〟こそが社是で、
自民党と日本の悪口だったら、たとえウソでも嬉々として報じる。
かつては〝米国のポチ〟といわれ、今は〝支那のポチ〟などと陰口を叩かれている。
実際、支那や韓国・北朝鮮の工作員が社内で暗躍しているのだろう、
と勘ぐられてもおかしくないくらいなのだ。

アサヒビールは好きだが、国賊ともいえる朝日新聞は大きらい。
かつて、あの社会党と組んで、北朝鮮は「地上の楽園」と持ち上げたのは
どこの新聞社でしたっけ。拉致問題など存在しない、とも言ってたよね。
ボクの幼馴染のY君(北朝鮮人と日本人とのハーフ)は、後に自殺してしまったが、
彼の姉さんは「地上の楽園」の謳い文句に惹かれ、北へ勇躍帰って行ってしまった。
その後の悲惨な生活ぶりは、彼の口を通してよく聞かされた。
嘘八百の記事をこれでもか、というくらい書き連ね、社会に混乱をもたらす。
人の人生をいとも簡単に捻じ曲げ狂わせてしまう。そして後は、知らぬ存ぜぬだ。

この〝イエローペーパー〟そのもののインチキ新聞が日本の
〝クオリティペーパー〟だと?
笑わせるな! 
ああ、今日はいつになく興奮してしまった。朝日について書くと、
ついイライラが募ってしまう。
こんな支那臭芬々(ふんぷん)たるシンブンガミは、
ウンコまみれにして下水に流してしまえ!


























2020年6月11日木曜日

ポレンタ食いと牛の糞

北イタリアを3週間くらいかけて車で巡り、
いわゆるミシュランの星付きレストランを10数軒、
取材して回ったことがある。その折、いろんな町で、
南イタリア(人)の悪口を聞いた。

貧しい南イタリアはイタリアのお荷物。
俺たち北イタリア人がやつらを養ってあげているんだ――。
こっちが訊いているわけでもないのに、こんなふうに恩を着せる。
「ローマ以南はイタリアじゃない、アフリカだ」
こんな言い方をするものもいた。

北イタリアは工業地帯で、南イタリアは農業地帯。
経済的には豊かな北が貧しい南の面倒を見てやっている、という構図。
こうした考え方は、北イタリア人の中には根強いものがある。
一方、南イタリア人は威張りくさった北の連中を〝あのポレンタ食いども!〟
とバカにする。

ポレンタとは熱い湯に塩とトウモロコシの粉を入れ、
練り混ぜたもので、主菜に添えて食べたりする。
あんなもののどこがうまいのだ、と南イタリア人は
北イタリア人の味覚オンチをからかうのである。
ボクも何度かポレンタは食べたが、この件に関しては
南イタリア人の主張のほうが正しいような気がする(笑)。

さて、イタリア半島は長靴をはいた脚そっくりに見えるが、
その長靴をはいているのは「男か女か?」という〝なぞなぞ〟がある。

イタリアという言葉は女性名詞だから、イタリア半島も女性だろう、
と答えたら、たぶん生真面目すぎていて大向こうの受けは悪いだろう。

これについては井上ひさしのエッセイの中でも触れていて、
「男の脚に決まってる。股の付け根にベニス(ペニス?)があるではないか」
という、ちょっとエッチな答えがある。

それともう一つは、
「靴のつま先でサッカーボール(シチリア島)を蹴ろうとしているんだから、
これはもう男の脚に決まってるだろ」
今となっては女子サッカーも盛んだから、この答えは説得力が弱い。

またこんなのもある。
「貧しいシチリア島はわれわれ北部のお荷物。そしてマフィアの温床、
いっそアフリカ大陸めがけて蹴り飛ばしてしまえ。そうした気持ちが、
国土の形に表れているんだ。サッカーとくれば、もちろん答えは男だろう」
ちょっと過激な答えだが、北の連中の心情をいくばくかは代表している。

いま、アメリカの黒人差別の問題がメディアを賑わせているが、
イタリアのように同国人同士の地域差別だってもちろんある。
都会のものが田舎者を嗤う、といった構図の拡大版だろう。
大っぴらには言えないものだが、誰しも心の奥底には差別的な感情がくすぶっている。

差別はたしかによくない。なくしたほうがいいに決まっている。
が、はたしてなくなるものだろうか。百年河清を俟つ、というが、
この差別感情をなくすには、百年、二百年では追っつかないような気もする。
そもそも人間は差別する動物で、差別しなくては生きられないからだ。

人種差別、民族差別、宗教差別、性差別、経済差別……。いくらでもある。
身近なところでは部落差別なんていうのもある。
「川向こうの人たちと付き合っちゃダメだよ」
こうした言い方は、こどもの頃によく聞かされた。
当時は意味がよく分からなかったが、今は分かる。
川向こうはいわゆる〝被差別部落〟で、
そこの出身者は同級生の中にもいた。ボクの仲のいい友達も
被差別部落出身者だった。

こうした差別感情というものは、ほとんど無知からくるもので、
精緻に歴史を学べばそうした感情から解き放たれるものなのだが、
なかなかうまい具合にはいかない。

ところでボクの長女は筋金入りのバックパッカー。
世界50ヵ国近く踏破しているが、彼女はこれまた筋金入りの
コスモポリタンだと思われる。生来、人を差別するという感情が希薄なのだ。
相手の色が黒かろうが白かろうが、ごくふつうに付き合える。

アフリカ・ケニヤはマサイ族の部落へ行き、
現地の人がやるように牛の糞だかを平気で舐めた(証拠写真があるぞ)、
というのだから、畏れ入ったものである。
ボクは糞だけは舐められない。
文字どおり、ウンがつきそうだからだ(笑)。
その点、娘のほうが人間としては遥かに上等でスケールがでかい。
大人(たいじん)の風さえ感じるのである(笑)。←ほめ殺しだよ!

いつもの親バカの一席でありました。お粗末さま。





←マサイ族の赤ん坊を抱く長女。










2020年6月8日月曜日

アッパッパーを知ってますか?

朝の〝ワン公友達(ワン公を散歩させている人たち)〟の一人に、
「その服って、アッパッパーみたいだね」
といったら、
「なに? そのアッパッパーって? あたしクルクルパーじゃないよ」
と笑い出した。アッパッパーを知らない世代なのだ。

アッパッパーは昭和30年代に流行った女性の簡易服で、
暑い夏に着る木綿のワンピースである。
うちのお袋がよく着ていたから、アッパッパーというちょっとふざけた
名前を耳にすると妙に懐かしい思いがするのである。

フランス文学者の木村尚三郎のエッセイの中に、
アッパッパーを着た日本のおばちゃんが、
パリのエッフェル塔の前の広場にぺたりと座り込んで涼んでいた、
というくだりがあるが、その光景を想像すると、
(しょうがねえなァ……)
と呆れると同時に、つい〝プッ〟と笑ってしまう。
日本人も今の中国人観光客のバッドマナーを笑えた義理ではない。

このアッパッパーという奇妙な名前の由来は、
歩くと裾がパッパッと広がることからついた、という説がある。
元は近畿地方の俗語だったらしい。

洋服のことはよくわからないが、ムームーという簡易服もある。
ハワイ発祥の服で、ハワイアンを歌ったり踊ったりする女性が着ている服だ。
このムームーとアッパッパーとの違いがボクには分らないのだが、
たしかお袋はこのムームーもよく着ていた。
でっぷり肥ったお袋がアッパッパーなりムームーを着ると、
なかなか迫力があった。ああ、会いたいなァ、お袋に。

朝の公園に来る仲間たちは総じて年寄りばかりだが、
ワン公友達は比較的若い。アッパッパーを知らないのは当然なのだ。

ボクの仲間たちはほぼ同じ世代だが、
なかに給食の〝脱脂粉乳〟を知らない男がいる。
還暦はとうに超えていて、同い年で脱脂粉乳を知っているものがいるのに、
彼は知らないという。あの当時、長野県にいて、どういうわけか、
給食にはパックの牛乳が出たという。おれたちより進んでいる。

ボクは山本夏彦の弟子で、人間を2種類に分けるクセも師匠譲り。
つまり、「アッパッパーを知る人間かそうでない人間」か。
そして「脱脂粉乳を知る人間かそうでない人間」かの2種類。

知らないからって差別しているわけではもちろんない。バカにもしていない。
でもあの鼻の曲がるほどまずい脱脂粉乳を飲んだことがないなんて……と、
ある種の同情に近い感情は持っている。あんな貴重な体験をしていないなんて、
可哀そうなやつ、という憐れみは抱いている(笑)。

「そんなもん、大きなお世話だろ!」
と非経験者は反発するにちがいないが、
貧しさを知らないものが真の豊かさを知らないように、
戦争に負けて、牛や豚の餌である脱脂粉乳を、「アメリカさん、ありがとう」
と感謝の念をもって飲まされた我々の、言葉に言い表せないような屈辱感は、
なかなか分かってもらえないだろう。

もちろん小学生のガキだったあの頃の自分が、戦争に勝った負けたなどと、
難しいことは分からなかった。日本の社会そのものが貧しさに耐えていて、
恩着せがましく脱脂粉乳を施してくれたアメリカの〝善意〟とやらを心から
信じていた。建前上は「ユニセフ」からの贈り物、てなことになってたけどね。

それにしてもあの脱脂粉乳、何と言おう、恐ろしくまずかった。
アルマイトのボウルに入っていて、残す子がいると先生に
無理やり飲まされ、泣きながら飲んでいた。

アッパッパーといい脱脂粉乳といい、まだ日本が貧しかったころの
風俗であり飲み物だ。

昭和27年2月生まれのボクは、勝手に〝戦中派〟を自任している。
何をバカなことを、と真の戦中派は怒るかもしれないが、
国際法上はボクの言い分のほうが正しいのである。

サンフランシスコ平和(講和)条約が発効するのが昭和27年の4月28日。
この日をもってめでたく戦争状態が終結し、日本に主権が回復するわけだが、
ボクはその2カ月も前に生まれているので、戦時国際法の上では〝戦時中〟
ということになる。戦中派を自称しても何ら問題はないのだ。

戦後間もない頃の貧しさを知っている我らが世代も、
いよいよ人生の終盤にさしかかり、「終活」なんて言葉も
ふつうに使われるようになった。あんまり好きな言葉ではないが、
人生の黄昏時を迎えていることは確かだろう。

アッパッパー姿のお袋に会えるのも、もうじきだ。



←男の子は丸刈り、女の子は
オカッパ頭。さあ、待ちに待った
給食の時間だ。おいしい脱脂粉乳だよ。
誰だ、「脱脂糞尿」だなんて言うやつは!





2020年6月1日月曜日

寛美や志ん生の芸が懐かしい

加齢とともに食べものの好みが変わっていくように、
テレビ番組の好みも変わっていく。
近頃、面白いと思わせる番組が極端に少なくなった。
バラエティーやドラマなど、若い人は面白がっているのかもしれないが、
古稀目前の老人には少しも面白くない。

たとえば「ワイドショー」と呼ばれる番組がある。
司会を務めているのはたいがいお笑い系のタレントである。
「バラエティー」も同じ。司会も出演者たちのほとんどがお笑い系で、
場合によってはコメンテーターと呼ばれる人たちの中にもお笑い系が混じっている。
日本のテレビ番組は今、お笑い系と〝オカマちゃん〟の天下なのである。

だから、どのチャンネルを回しても〝ゲラゲラ、ガハガハ〟という
バカ笑いしか聞こえてこない。その笑いも〝高次〟のそれならまだ許せるが、
ほとんどが駄ジャレに毛が生えたような低次のものばかり。
このレベルで〝ゲラゲラ〟と大口あけて笑っているのだから、
番組の質が知れる。

予算の問題もあるとは思うが、番組制作者の質も相対的に落ちているのではないか。
お笑い芸人やタレントを使えば、終わりまでなんとか番組をもたせてくれる。
それに終始和やかな雰囲気も作ってくれる。

『鶴瓶の家族に乾杯』といった旅番組やローカル路線バス乗り継ぎの旅といった
番組も同じで、お笑い系のタレントを混ぜることで、現地の人たちとの交流を
明るく和やかなものにしている。その意図するところは分からないではないが、
ここまでお笑い系が出しゃばってくると、ボクみたいなへそ曲がりは
「つまらない笑いはもうけっこう」と拒否反応を示したくなってしまう。

特に鶴瓶がきらいなボクは、鶴瓶がテレビCMに出てくるだけで
反射的にチャンネルを変えてしまう。ウド鈴木や石塚英彦もダメ。
石塚の目を細めた見え透いた作り笑いを見ると、
「ウェーッ、またやってるよ」
これまたチャンネルを変えてしまう。

お笑い系というのは、かつては芸能界の中ではランクがずっと下だった。
藤山寛美が全盛期の時でさえ、町で見かけた子供が
「お母ちゃん、見て、寛美だよ!」
と指さしたりすると、
「おやめ、指が腐る」
と叱ったとか。芸人と堅気が峻別されていた時代の話である。
芸人には芸人の「分」があり、客には客の「分」がある。
その「分」をわきまえろ、というわけだ。

そんな時代から比べると、芸人たちの地位は上がり、
お笑い系の芸人も、お天道様の下を堂々と歩けるようになった。
こんなふうに書くと、職業差別はいけない、と反発するムキがあるだろうが、
「差別」ではない、「区別」をしている。

虚業で得た金は所詮あぶく銭で、堅気の衆が汗水たらして働いて得た金とは
まったくの別ものだ。そのことを知っていた寛美は、その日に入った金は
その日のうちに使った。狂ったように使った。
お金というものは蓄財したりすると〝ふつう〟の金に似てくる。
それじゃあ堅気衆の立つ瀬がなかろうと。

時代遅れかもしれないが、ボクは〝分際を知れ〟という言葉の重みを
知っているつもりだ。どんなに人気のある売れっ子でも、
「錦着て布団の上の乞食かな」という視点は忘れてはいけない。
ボクはそう思うのだ。

というわけで、芸人ずれと同じ穴の狢でもある〝物書きずれ〟の
ボクも、10万円の給付金は狂ったように使うつもりでいる。
現にもう使っている。蓄財なんて芸人の風上にも置けない、
というわけである。

お笑い芸人たちとは、互いに〝虚業〟同士。
シンパシーは感じるのだが、近頃の芸人は芸の質があまりにお粗末すぎる。

ああ、古今亭志ん生や三遊亭圓生の磨き抜かれた笑いが懐かしい。
あれほどまでの高次の芸を演じられる芸人が今どきいるだろうか?
ハッキリ言ってしまうが、レベルが違いすぎるのである。

戦後70有余年、平和続きで芸人の芸も吹けば飛ぶような軽い芸に
成り果ててしまっている。戦中派の志ん生や圓生の芸はいぶし銀の
輝きを放っていたが、今の芸人の芸はすぐにメッキが剥がれてしまう。
芸に人間的な深みが投影されていないからだ。
百年河清を待っても、たぶん追っつかないと思う。







2020年5月29日金曜日

日本が今日あるのは〝お蚕さん〟のおかげ

公園友だちのNさんが、
「桑の実を食べに行こうよ」
といきなり言い出した。場所はいつもの樹林公園内の芝生広場。
Nさんの後をついていくと、ほんの目と鼻の先に桑の木があった。

恥ずかしい話だが、ボクは桑の葉は知っているが桑の木は見たことがなかった。
父方の叔父が養蚕をやっていたので、子どもの頃、叔父の家に行くと天井裏の
〝お蚕(かいこ)さん〟を見せてもらった。この時、桑の葉を見たのだが、
その葉を茂らせている桑の木を見たことがなかった。いや、叔父の家に植えて
あったのだろうが、関心がないので目に入っても記憶にないのだろう。
ボクの欠点は植物にまるで関心がないこと。だから誰でも知っている花の名を
知らないし、植物図鑑も見たことがない。知っているのは桜、梅、チューリップ、
ひまわり、カーネーションくらい。他は知らない(笑)。


←お蚕さん








そんな植物オンチのボクがNさんに「これが桑の実だよ」
といわれた時、思わず叫んでしまった。
「あっ、これ、うちのベランダにもある!」
な~んだ、マルベリーmulberryのことじゃないの。

後で調べたら、「マルベリー=桑の実」とあった。
ああ、こんなことも知らなかったのか……自分でも情けなかった。
あまりにモノを知らなすぎる。



←わが家のベランダにある
マルベリー。黒く熟した実は
カミさんがジャムにする。







ここで蘊蓄ばなしを一つ。
モノの本に載っていたのを知ったかぶりして披露するのだが、
地球上には自然界で生きていけない動物が一種類だけいるのだという。
さて何でしょう?
答えは「カイコ」。

カイコは人類が約5000年前から飼い始めたといわれていて、
家畜化された昆虫なので、野生には存在しないのだという。
もしカイコの幼虫を野外の桑の木に止まらせたとしよう。
さてどうなるか?

カイコの幼虫は足の力が弱いので、葉っぱにつかまっていることができず、
木から落下して死んでしまう。成虫になっても翅の筋肉が退化していて、
羽ばたくことはできても飛ぶことができない。つまり、人間の飼育環境下
からはずれると、生きることも繁殖することもできないのだ。
人間に飼育される以前は自力で生きていたのだろうが、カイコのルーツは
いまだ分からず、おそらく絶滅してしまったのではないか、と考えられている。

思えば、この〝お蚕さん〟のおかげで今日の日本がある、といってもいい。
明治期、日本は世界に門戸を開いたが、さて海外へ売るものがない。
今なら車や精密機械など付加価値の高い輸出品がいくらでもあるが、
当時は〝お蚕さん〟の生み出す生糸しか輸出するものがなかった。
当時の輸出貿易の中心(40~70%)は生糸だったのである。

この高品質の生糸があったおかげで軍艦など諸々を買うことができたし、
日清・日露の戦役にも勝つことができた。〝お蚕さん〟様さまなのだ。
というわけで、お蚕さんに掌を合わせたくなるが、あの〝ニオイ〟を
思い出すと
(うっ、くせェ……)
と気分が悪くなってしまう。
今の若い人たちは知らないだろうな、あの強烈で独特のニオイ。
もう二度と嗅ぎたくないニオイであります(笑)。





←これ、蚕の形をしたチョコレート。
中に桑の葉パウダーが入っている。
食べるのに勇気が要りそう(笑)。



2020年5月17日日曜日

ボクの写真を撮らないで!

ボクには若い頃の写真がほとんどありません。
あっても、カメラを意識しすぎた不自然な写真か、
心ここに在らずといった魂の抜け殻みたいな写真ばかりです。

ボクは写真に撮られるのが苦手でした。
心の中はいつだって大忙しだったから、写真なんか撮ってる場合では
なかったのです。何に忙しかったって? 自分に折り合いをつけるのに
ひたすら忙しかったのです。

前にも書きましたけど、ボクは少し頭のいかれた男の子でした。
小学校5年の頃に、吉行淳之介の『砂の上の植物群』だとか『原色の街』
といった本を読んでいました。どちらも男女間の性を描いた作品です。

おませな少年、というのならまさにそれで、チン〇コも満足に
育っていないのに、妄想だけはたくましくしている、というひねこびた
少年でした。ガキのくせに変に老成している、というのは気持ちが悪いものです。

今でも写真写りは悪いです。
自分の中で一番醜い、見てほしくない部分が強調されて写されてしまうからです。
ボクなら自分の写真を見てすぐわかります。その時、何を考えていたか……。
だから、こっそり知らないうちに撮られた写真が一番出来がいい。
変な自意識がそこにはないからです。

あの三島由紀夫が自意識過剰な人間だったことは広く知られています。
彼が生来の過剰な自意識から解放される唯一の瞬間は、自衛隊に体験入隊し、
空挺団で落下傘の降下訓練をしている時だけ、と聞いたことがあります。

歳をとって老成していくというのは、
自分の心の内を容易に見せない技術を身に着けることでもあります。
ボクは開けっぴろげでout-goingな性格と思われているようですが、
半分は正しくとも半分は違います。それらしく演じていたら、
いつの間にやら〝ホンモノっぽく〟なってきた、というだけのことです。
ボクの中では〝痩せ我慢の哲学〟と呼んでいるものなのですが、
痩せ我慢をしながらそれらしく演じ、何年も繰り返していると、
いつの間にかホンモノと見紛うほどになってしまうのです。

「顔立ちは生まれつきだが、顔つきは自分が作る」
とよく言われます。性格も同じで、生涯をかけて自分の理想とする性格に
自分を作り変えるのです。ボクは若い頃の自分がキライでした。
思い出すだに、「ウェーッ!」となるくらいキライでした。

で、ボクは人格改造計画に着手したんです。
自分のことばかり考えていないで、他人(ひと)のことを思いやる人間になろうと。
他人(ひと)が喜んでくれるようなことをしようと。きれいごとに聞こえる
かもしれませんが、ようやくたどり着いた境地がここなんです。

「他人(ひと)にやさしく!」
これはボクのモットーでもあります。誰に対しても分け隔てなく接する。
大企業の社長であろうと便所掃除のおっちゃんであろうと、
ボクの接する態度はほとんど変わりません。記者生活が長く、各界の一流人士
と呼ばれる人にもずいぶん会いました。その中には立派な人もいれば、
俗人もいました。いや、ほとんどが世間ずれした俗人といっていいかもしれません。

そんな経験を積み重ねるうちに、人を見る目が自然と養われてきたような気がします。
「人は見かけじゃない、中身だよ」とよく言われますが、
ボクは「人は見かけがすべて」と思っていて、そのことに自信を持っています。
残酷なようですが、その人の人となりはすべて顔つきに出てしまうのです。

だからボクは「お見かけどおりの人間です」と開き直るしかない。
事実、それ以上でも以下でもないからです。

背伸びせず、身の丈に合った人生を送る。
ボクには自分の可能性と限界がよく見えています。
「各員一層奮励努力せよ!」とハッパをかけられても、
(そんなに頑張ってどうするわけ? 頑張った先に何があるの?)
と、ちょっぴりニヒった自分がそこにいます。

もう2年もするとめでたや古稀です。
信じられません。ボクが70歳のジイサンだなんて。
男が歳を取り損なうと、世に言う「暴走老人」とか「正論おじさん」
に成り果てるといいます。彼らは人生から何一つ学ばず、
自分の考えを唯一正しいと思い込み、他者に押しつけようとします。
はた迷惑もいいとこです。

娘たちや孫に愛され、友人や隣人たちにも愛されるジイサンになれるよう、
奮励努力する覚悟であります。どうか皆さま、お見捨てなきように願います。






←腕白小僧の孫のS太と心優しい?ジージ。


















2020年1月29日水曜日

腎虚な日々

近所に「うけら庵」というちっぽけな史跡がある。
江戸の末期、文人墨客が集まっては歌詠みの会を催したところで、
狂歌師として名高い大田南畝(蜀山人)も足しげく通ったという。

蜀山人作の狂歌としてボク好みなのは次のようなものだ。

   世の中は 色と酒とが敵(かたき)なり どうか敵にめぐりあいたし

また、こんなのもある。山梨県側から見る富士山と
静岡県側から見る富士山のどっちが好き? というものだ。
ボクの女房は静岡県生まれだから、もちろん静岡県側から見た富士の肩を持つが、
蜀山人はこんなふうに詠んでいる。

   娘子(むすめご)の 裾をめくれば富士の山
          甲斐(かい)で見るより 駿河(するが)いちばん
 
かなりきわどい表現で、顔をしかめるムキもあるとは思うが、
道徳の標語ならぬ狂歌ですからね、堅いことは言わずに歌を味わってくださいな。
「〝嗅ぐ〟のか〝する〟のか」だが、まあ、こればっかりは好きずきで、
勝手にしてくれという話だろう(笑)。

さて富士山ついでに、こんどはリンゴの話。
「紅玉」というリンゴは今でも売られていて、かつては「国光」
と並ぶリンゴの両横綱だった。この紅玉、新しい品種として生まれた時、
艶々とした赤いリンゴなので、紅(くれない)が満ちみちている、という
意をこめ「満紅」と名づけられた。

ところが八百屋の店先でいざ売る段となり、店のおやじはハタと困った。
「奥さん、マンコウいかがですかァ。真っ赤に熟れたマンコウはいかがですかァ」
「あら、ほんにおいしそうな〝おマンコ〟だこと……」

なんて言えないよね。奥さん連中から平手打ちを食わされそうだ。
で、「満紅」はめでたや「紅玉」という名に変わったという。

「腎虚(じんきょ)」という言葉があるのをご存じか。
精力減退を指す言葉で、腎臓の機能不全の意だ。
江戸の昔、精液は腎臓で作られると信じられていたらしい。
だから精液のことを「腎水」ともいった。
その腎水が空になるから腎虚。

逆に精力絶倫を「腎張(じんばり)」といった。
俳人の小林一茶は名うての腎張で、52歳の時に28歳の女房を娶(めと)った。
初婚である。人生50年の時代に52歳まで独身だった、というのも珍しいが、
その遅れを取り戻そうとしたのか、性交の頻度がすさまじかった。

ご苦労なことに、一茶は女房と何回まぐわったかをきちんと日記に記している。
これは54歳の時の日記から一部を抜き出したものだが、
8月18日 夜3回
8月19日 昼夜3回
8月20日 昼夜3回
と、狂ったように励んでいる。

    やせ蛙 負けるな一茶 これにあり

有名な句だが、不謹慎ながら若妻相手に奮闘する一茶の姿がついダブってしまう(笑)。
しかしこの句は、晩婚の末に生まれた長男が虚弱体質だったことから、
その息子を励ますために歌った句とされている。父子ともども、がんばれ!



←「小学館」の雑誌『サライ』に投稿した
記事。〝うけら庵〟と蜀山人の関わりから
コーヒーの今昔を綴った

2020年1月18日土曜日

「見かけより中身」はウソ。人は見た目がすべて

文芸評論家の小林秀雄は〝真贋〟にうるさかった。
ある時、友人の前で良寛の作という詩軸を自慢げに披露したのだが、
贋作だよと言下に否定されてしまう。小林はすぐさまそばにあった
名刀の一文字助光を抜き放ち、この掛け軸を十文字に切り裂いてしまう。
友人は歌人・書家として知られる吉野秀雄。吉野は良寛の研究家でもあった。

書画骨董は煩悩の世界と言っていい。もちろんニセ物が多数横行していて、
素人はつい引っかかってしまう。おのれの審美眼に絶大な信頼を置いていた
小林だが、みごとに贋作をつかまされ、自身の未熟さと業の深さに絶望する。

その小林の弟子筋でもある作家の白洲正子は、
『人は、見た目がすべてよ』
と明言している。白洲は美術評論家・青山二郎の愛弟子で、
書画骨董の目利きでもある。その目利きが、
人間は見た目がすべて、それ以上でも以下でもないと断言している。

人はよく、
「見損なってもらっちゃァ困るぜ!」
などと見栄を張りたがるが、白洲の前でこんなセリフを吐いて強がっても
一蹴されるだけだろう。

ボクも小林秀雄の弟子を自任し、若い時分は全集にどっぷり浸かり、
寝ても覚めても〝ヒデオ・命〟で過ごしてきたクチだから、
真贋に関してはちとうるさい。
目つき・顔つきのよろしくない人物は、たとえ有能で社会的な地位の高い人で
あっても評価は辛口、という主義なのである。
「職業に貴賤はない。が、人間には貴賤がある」という考え方だからだ。

第16代のアメリカ大統領・リンカーンにはこんなセリフがある。
〝Every man over forty is responsible for his face〟
40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て、という有名なセリフだ。
リンカーン曰く、人間の顔にはその人の知性や品性、考え方といったものが
余すところなく表れてしまう。人の内面に育まれてきたもののすべてが、
ウソ偽りなく顔の表面に滲み出てきてしまいますよ、
というのだから恐ろしい。

日本でも古来より、
『顔立ちは生まれつきだが、顔つきは自身が作りあげるもの』
というような言い方がなされてきた。
立派な顔になりたかったら立派な人間になれ、ということだ。
けだし名言・至言というべきだろう。



←元台湾総督府民政長官・外務大臣
などを務めた後藤新平。(いい顔してるなァ)
といつも思う人がこの男。政治家で自民党
副総裁だった椎名悦三郎は後藤の甥っ子に当たる。





自戒を込めて言うのだが、
「こいつはニセ物野郎のコンコンチキだ!」
と軽んじられ侮られないような顔になりたい。
もう手遅れだよ、という声も聞こえてきそうだが、
もう少しだけ頑張ってみるつもりだ。





←白洲次郎&正子夫妻。
旧白洲邸(武相荘)にて。
この武相荘は一度訪ねたことがあるが、
簡素で渋~い田舎家だった










2019年11月12日火曜日

本は買うものではなく借りるもの?

ボクは実名でも本を3冊出しているが、これもまったく売れなかった。
嶋中労の筆名でもパッとせず、実名で書いた本はなおさらパッとしなかった。
こんなにも〝パッとした人間(笑)〟なのに、本を書くとパッとしない、
というのはいったいどういうことなのだろう。

ボクの仲間たちはいっしょに泳いだり、キャッチボールをしたり、
旅行したり、また浴びるほど大酒を喰らったりする気安い仲だが、
ついぞボクの本を読んでくれたという話を聞かない。

「『おやじの品格』読みましたよ。面白かったねえ。女房も
いっしょに読んでますよ」
という友がいたが、聞けば図書館で借りてきたという。
(おいおい、ネットの中古品なら1円で売ってんだぜ…………ケチ!)
と内心思ったりするのだが、読んでくれるだけでもマシか、と最近思い直している。
それにしても当の作者の前で言うのだものね、悲しくなるよ。

ボクのお気に入りは、『座右の山本夏彦』なのだが、
「山本夏彦ってだれ?」
という人がけっこういるので、
(これじゃ売れないはずだ……)
と半分あきらめてもいる。
稀代の文章家で文明批評家でもある名コラムニストの山本夏彦。
ボクはこの夏彦翁の毒のあるコラムにガツンとやられ、
爾来、翁の本はすべて読破。つむじ曲がりの性格まで似てしまった。

本を出版したらすぐ夏彦翁の長男・山本伊吾氏から、
「いっしょに飯でも食いませんか?」
とお誘いの電話があった。伊吾氏とは面識はないが、
「父のことをこれほど的確に描いてくれた人はいない。ぜひ食事をご一緒したい」
と過分なるお褒めをいただいたもので、ありがたくお招きにあずかった。

山本伊吾氏は新潮社の雑誌『FOCUS』の編集長で、なかなかの切れ者と聞いていた。
指定の場所に行ったら、なぜか作家の島村洋子さんもその場にいた。
なぜ島村さんが、と訝しく思ったが、どうやら二人はできていたらしい。
三人でどんな話をしたかは、すっかり忘れてしまったが、
話の中身より妖艶でグラマラスな島村さんにすっかり魅せられてしまった。
『「不道徳」恋愛講座』などという本を出しているくらいだから、
艶っぽいだけでなく、ちょっぴり危険な匂いも。

さて、承知のように出版不況が恒常化している。
人々が本を読まなくなってしまったので、出版業界は火の車なのだ。
おまけに高校の『国語』から文学作品が消えてしまうらしい。
実際は『文学国語』と『論理国語』の二択になるらしいのだが、
教科書から漱石や鷗外が消えてしまうというのは由々しきことである。

ボクは「本は自前で買うもの」という考えだが、
「本は図書館で借りるもの」と考えている人がけっこういる。
買えば狭い家がなおさら狭くなる、というのが理由のひとつで、
それを言われるとなるほどそうだよな、とは思うが、
本に埋もれて生活するのが幸せの極致、
と考えている人間からすると、ちょっと淋しい。

読書は習慣だ。切実な内なる欲求に応えようとした習慣だ。
この習慣が身につかなければ読書家にはならない。
ボクの場合は、魂の憩う場が読書であり、多感な傷つきやすい心のシェルター
(避難所)が読書でもあった。生き抜くために絶対に必要なものが読書だった。
こうした切実な欲求を持たない人は、本など読まなくても生きていける。
それこそスマホとにらめっこして人生を終える人だっているだろう。

ボクは生涯、本を手放さないだろうし、そのつもりもない。
本と共に歩んできた半生に心から満足している。
おまけに曲がりなりにも物書きという仕事に就けた。
それこそ売れない物書きで、それも端くれのそのまた端くれだが、
自分らしくていいかな、などと近頃思っている。
負け惜しみに聞こえるだろうが、実際、そう思っているのだからしかたがない。

書きたい本はある。
コーヒー関連の本を書いてくれ、と懇意の編集者は声をかけてくれるのだが、
ほんとうに書きたいのはコーヒーとは何の関係もない。
もっと日常雑感、世相巷談的なものだ。
でも、これまた売れないだろうから、迷惑をかけてはいけないと思い、
編集者には黙っている。

一発逆転のホームランでボクも編集者もウハウハ、
というのはないのでしょうかねェ(笑)。






朝日新聞デジタルより














2019年11月8日金曜日

電子本より紙の本がいい

世の中、右を見ても左を見ても〝スマホ中毒患者〟ばかりである。
電車内は言うにおよばず、横断歩道を渡っている時も、
自転車に乗っている時もスマホが手離せない。
先日、赤ん坊をだっこしながら横断歩道を渡っているヤングママさんを
見かけたが、このママさん、一時停止をしない左折車に危うく轢かれそうになった。
そうなったら赤ちゃんもろともイチコロである。

緊急連絡が入っているのならともかく、なぜ四六時中スマホとにらめっこを
していなけりゃならないのか。スマホを持たないボクにはさっぱり理解できない。
二宮金次郎は寸暇を惜しんで読書にいそしんだ。薪を背負い四書のひとつ『大学』
を誦す子供の頃の像はあまりに有名だが、歩きながら読書する姿は〝歩きスマホ〟
を誘発するとして栃木県の某小学校はこの像を撤去、代わりに座って本を読む
金次郎像が登場したという。その学校では日頃から、「ながら行動」はしないように、
と厳しく指導しているらしい。

本好きのボクからすると、電車内から読書をする人が払底してしまったのは
いかにも淋しい。ほぼ90%以上の乗客がスマホをいじっている光景は
外国人観光客も一様に驚くらしいが、かなり異常だ。その延長線だと思うが、
今時の大学生の2人に1人は、1ヵ月に1冊も本を読まないといわれている。
これほどまで本を読まない学生を〝学生〟と呼んでいいのだろうか。
明治・大正期は〝書生〟と呼ばれていた連中である。書を読まない書生なんて、
悪い冗談でしかない。
「日本人の電圧が急激に下がりつつある」
と司馬遼太郎は嘆いたものだが、まさにそのことが現実になろうとしている。

スマホは確かに便利には違いない。
パソコンの携帯版ということだから、あの中には何でも詰まっている。
カミさんなんか、わからないことがあるとすぐスマホを手にとる。
辞書代わりに使っているのだ。また写真や動画を撮るなんて朝飯前だから、
〝一億総カメラマン〟が出現したのに等しい。有名人が隠れて逢瀬を愉しもうと
思っても、周りじゅうがパパラッチだらけなので、下手をするとすぐ「文春砲」
の標的にされてしまう。クワバラクワバラ、なのだ。

ボクは骨がらみのアナログ人間なので、当面、スマホは持たないだろう。
いや、機械に弱いから「持てない」というのが正直なところだ。
先だって、わけあって電子本を読んだ。知り合いがシベリア抑留体験を電子本に
まとめたというので、いわばお義理で読ませてもらった。正直言うと、疲れた。
内容は興味深いものであったが、パソコンの画面で活字を追うことに
心底疲れてしまったのだ。齢のせいか、近頃は視力も落ち、ディスプレーを
長時間眺めていると目がショボショボする。

アナログ人間から言わせてもらうと、「読むんだったら紙の本が断然いい」
ということだ。小学生の頃から万の単位の本を読んできたので、
本は指に唾をつけてめくる(汚ったねぇ?)というのが習慣になってしまっている。
マウスでクリックしてめくる、という読書法につい拒否反応を起こしてしまうのだ。

あと十数年したらこの世からオサラバするので、
死ぬまで〝アナログ人間〟のままでいたい、と思うのだが、
世間がそれを許してくれるかどうか。現にボクの周囲のものは
「せめてスマホくらい持ってよね」と陰に陽に圧力をかけてくる。

意外や、スマホを持ったとたんに〝中毒患者〟になったりして(笑)。
実はそのことを内心恐れているのである。
なにしろ有言不実行のいいかげんなヤツだからね、ボクは。
そのうち『スマホ万歳!』などという記事を書くに決まっている。
ダメだ、こりゃ。





←薪を横に置き、座って本を読む金次郎



2019年10月29日火曜日

吉永小百合は好きじゃない

女優の八千草薫が死んでしまった。享年88。
没年が8年前に死んだボクの母と同じである。

ボクは八千草薫が好きだった。
〝清楚〟という言葉がピッタリの美人だった。
楚々とした佇まいで、いつも品のよい微笑をたたえていた。
万事控えめな性格で、「私は大女優なのよ」などと驕った態度は皆無。
名前のとおり、八千草(多種類の草のこと)が薫ってくるような
爽やかな人となりだった。八千草には風雅な趣があった。

同じ美人女優に吉永小百合がいる。
サユリストには申しわけないが、ボクは吉永がきらいである。
顔はともかく、しゃがれた声、空っぺたな演技、そして一番ボクの癇に
さわるのがその思想性である。時に日本共産党の広告塔みたいな発言をする。

安保法制が議論されていた時、サユリ姫は安倍首相の〝積極外交〟を批判していた。
集団的自衛権の行使が可能になると「むしろ戦争につながる」というのである。

吉永に代表される〝平和の使徒〟みたいな顔をした人たちは、
平和憲法さえ後生大事に護っていれば戦争など起こらない、と考えている。
「台風来るな! 水害も起きるな!」
と呪文のように唱えていれば、台風も避けてくれて災害列島でなくなる、
みたいな考え方である。こういうオメデタイ考えを、
ボクは〝念力主義〟と呼んでいる。

日本国憲法第9条第2項にはこう書いてある。
『……陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、
これを認めない』と。
つまり、想定外の事態に直面した時でさえ自衛権は放棄する、と言っている。
領土を侵略されても、女子供が辱めを受けても、一切抵抗しませんから、
ご自由にどうぞ、というわけだ。

吉永だったら「日本は平和を愛しているから戦争をしないのよ」という理屈に
なるのだろうが、世界は「日本は戦争のできない国」「腰抜けの国」
と見るだろう。目の前で愛する人が凌辱されようが、なんの抵抗もせず、
ただ見ているだけの国。女性が犯されようが奴隷にされようが、
はたまた人間の尊厳が徹底的に踏みにじられようが、命あっての物ダネという
スタンスだ。サムライの子孫たちも、ずいぶん品下がったものである。

今国会では憲法改正論議をまず第一に進めるべきなのに、野党は揃って
与党閣僚たちの失言を追及する姿勢を崩さない。〝メロン〟で辞めた
菅原経済産業相、〝雨男〟と〝身の丈〟発言で問題視されている河野防衛相と
萩生田文科相。一国の安全保障の問題より、こうした尻のつっかい棒にもならぬ
つまらない失言のほうが大事、というのだから野党のオツムの程度が知れる。
さぞや支那や韓国・北朝鮮はほくそ笑んでいることだろう。

国会の運営費は1日当たり3億円もかかるという。
どんなつまらない議論でも、また野党が質疑をボイコットしても、
議員1人当たり1日およそ20万円が支払われる。
メロンや香典を支持者たちに配ったというだけで、
野党は鬼の首でも捕ったように騒ぎ立てる。
正義漢づらして悦に入っている野党の議員さんたちよ、
お前さんたちだって少しは身に覚えがあるだろ!
ボクは声を大にして言いたい。「この税金ドロボーめ!」と。

心地よい八千草の香りが、飛んだキナ臭いニオイに変わってしまった。
ボクの師匠・山本夏彦翁はこう言っていた。
「平和主義者が戦争を起こす」と。

「何があっても戦わない」というのは平和主義でも何でもない。
東須磨小の先生が同僚たちにいじめられたというニュースがあったが、
ボクが被害者の先生だったら、まず〝女帝〟と呼ばれる女教師の顔面に
一発喰らわせている。この被害者には同情するが、あれほどいじめられて
無抵抗なのはいただけない。ラグビーの日本代表みたいに、
死ぬ気になって戦えば勝機はあるのだ。無抵抗で白旗を掲げるのは
ただの敗北主義である。
「てめえ、キン〇〇つけてんのか? 死んだ気になってボコってこい!」
とボクはお上品にハッパをかけてやりたい。

日本国憲法も同じ。金は出すけど血は流さないという
〝命あっての物ダネ主義〟が一貫したトーンで、
「それでもサムライの子孫かよ!」
と世界じゅうから笑われているのが現状だ。事実、あの湾岸戦争(1990~)時、
日本は130億ドル(国民1人当たり1万円)も拠出したが、
〝too little too late〟と嫌味を言われ、「小切手外交」「血と汗のない外交」
などと西側諸国から揶揄された。130億ドルが〝too little〟ってか。
偉っそうにお説教を垂れた国、出せるもんなら出してみろよ。

そういえば野党の面々にはサムライの子孫はほとんどいない。
主だった人たちはほとんど〝在日〟だからだ。在日がきらいなのではない。
日本という国に世話になっていながら〝反日主義〟を崩さない、
その忘恩ともいえる姿勢がきらいなのである。

かつてサンフランシスコ講和条約に猛反対したのが在日朝鮮人たちだった。
日本が独立することに猛然と反対したのだ。当然だろう。彼らは
警察権が及ばないことをいいことに、好き勝手に闇商売をやっていた。
ボクの親の世代は総じて朝鮮人がきらいだったが、おそらく戦後の彼らの
無法ぶりを間近に見てきたからだろう。占領軍も見て見ぬふりをしていた。

物の本によると、日本が占領されていた7年の間に、大金持ちにならなかった
朝鮮人はいないといわれている。駅前の一等地をわがもの顔に占拠し
パチンコ屋を始めたのも彼らだった。友人K君の知見によると、
「GHQも日本人がギャンブル依存症の〝腑抜け〟になってくれればいい、
と半ば第三国人の横暴を黙認していた」
ということらしい。彼らが日本の独立に反対したのもむべなるかなだ。
その流れは民主党政権の時代まで続いていた。

土井たか子以下、福島瑞穂、菅直人、枝野幸男、福山哲郎、辻元清美、前原誠司、
そして小沢一郎でさえ在日となると、野党議員の面々の中に日本人を探すのは困難
とさえいえる。悲しいかな日本の国会は「多数派日本人の与党」と「多数派在日の野党」
という対立構図なのである。

ああ、八千草薫のいないニッポンは右も左も真っ暗闇でござんす。




←こら、おれの薫ちゃんを
気安く落書きするな!











2019年10月3日木曜日

「正論おじさん」は人類の敵か?

わが町にもうっとうしい「正論おじさん」がいた。
町のシンボルでもある「県営和光樹林公園」の芝生広場で、
ノーリードで犬を遊ばせている複数の飼い主に向かって、
「規則を守れ!」と猛烈に叱責したおじさんがいたのである。
おかげで犬を連れた愛犬家たちはパッタリ姿を見せなくなってしまった。
早朝、〝激かわ〟のワン公と同じく激かわの〝人妻たち〟とのふれ合いを
楽しみにしていたおじさんはガッカリである。

複数メディアで面白おかしく取りあげられた「正論おじさん」の元祖は、
三重県松阪市の商店街で話題になった人物で、看板が歩道に1㎝でも
はみ出していると無断で撤去、看板を出した店に猛烈なクレームを入れるという。
このため商店街は活気を失い、いつの間にやらさびれてしまった。
おじさんは89歳になる立派な〝じいさん〟だが、法律を楯に一歩も引かない。
現役時代は「最高官庁に勤めていた」と自分で言っているくらいだから、
エリート意識がいまだに抜けていないのだろう。

また路上のライブ活動は違法だ、と女性シンガーのCDを目の前で踏みつけて
問題になったおじさんもいる。これも「正論おじさん」の同類で、
法律の条文に書いてあれば絶対に正しい、と思い込んでいる正義感のかたまりだ。
しかし女性シンガーは事前に警察の許可を得ているかもしれないのだ。
であれば道交法違反にはならないし、憲法21条では「表現の自由」が
保障されている。また事前許可を受けていなくても、周辺の安全や円滑な交通が
阻害されない限り柔軟に対処しよう、というのが警察の立場で、
むやみに禁止したり、ましてや器物を損壊したりはしない。

法律の条文に書いてあることは絶対に正しい、とする教条主義的な考え方は、
専門的な言い方だと「形式的法治主義」というらしい。
一方で現代の民主主義に沿うように、柔軟に対処しようとする
「実質的法治主義」という考え方もある。

和光樹林公園の芝生広場で、それも早朝、人っ子一人いない南端の空き地で、
犬のリードをちょっとだけ放すという行為が、それほど危険なことなのか?
周辺の安全や交通を著しく阻害する行為なのか?
でないとしたら、愛犬家たちを猛烈に叱り飛ばした「正論おじさん」は
現代的な法の解釈、すなわち法律を現実に沿った形で柔軟に解釈しようとする
実質的法治主義に反しているといえる。あまりにガチガチ過ぎるのだ。

こうした正論ばかりを吐いて悦に入っている〝困ったちゃん〟は、
おじさんやおじいさんの専売特許かと思ったら、
「正論おばさんもいるわよ」
と、やはり愛犬家のおばちゃんの一人が言う。彼女は練馬から片道約40分かけて
この和光市の芝生広場まで2匹のワンちゃん(ムギ&ハナ)を連れてきているのだが、
彼女の近所には「正論おばさん」がいて、ノーリードの犬がいるとスマホで撮って、
ご苦労なことに公園の管理事務所に〝写メ〟するのだという。
このありがた迷惑な行為、どこか隣国の〝告げ口外交〟に似ている。

芝生広場に出没する「正論おじさん」の話を他の公園仲間(🚺)に話したら、
「もし嶋中さんが犬たちといっしょにいたら、
そのおじさんも注意をためらったんじゃないかしら」
「……?」
「プッ……見た目怖そうだし、身体がごつくて強そうだしね(笑)」
「…………」

たしかに、いなくてよかったかも。
いたら朝霞警察署で3回目の調書を取られていたかもしれない。
すでにDNAはしっかり採られているしね(笑)。
しばらくは静かにしていよっと。












2019年9月4日水曜日

ニンゲン様は偽善がお好き?

英国最大の野党・労働党が先ごろ公約を発表した。
①商業捕鯨の再開をやめさせる←これは明らかに日本を標的にしている。
②競馬でムチを使用しない←お尻が痛いの、と馬が訴えてるんだって。
③ロブスターやカニを生きたまま茹でない←熱くて火傷すっから、だって。
➃ガチョウやアヒルに強制的に餌を与え肝臓を肥大化させるフォアグラ。
その輸入を禁止する←フォアグラは旨いけど、確かにこれはちょっとかわいそうだな。

①イギリス人ごときに言われたくないよね。
世界中を植民地にし、数世紀にわたって暴虐の限りを尽くしたくせに、
なに? 「頭のいいクジラを殺すなんて、日本人は野蛮よ!」だって?
ふざけるな。お前たちが狩りのように殺しまくったニンゲンは、
クジラ様より頭のわるいゴキブリ以下の生き物なのか?

お前さんたちに人権や動物の権利を語る資格などハナからありませんよ。
クジラを食べたり犬を食べたりするのはその国固有の文化で、
日本にはいただいた肉への感謝や弔いの意をこめて造った鯨塚がいっぱいある、
という事実すら知らんだろ。包丁塚や人形塚も同じ。生命が宿っていないものにも
感謝の思いを捧げる。生きとし生けるものには命が宿る、とする古神道的な心性
が無機的なものにまで及ぶ、と考えるのが日本人だ。鯨の油だけ搾り取って、
肉も皮も骨も髭もポイと海に捨ててしまう欧米人などとは、
人間の出来がちがうのだよ。

②たしかにムチで叩かれれば痛いよね。人間も動物もおんなしだ。
でも、もともと人間の快楽のために始めた競馬でしょ? 
ドッグレースにしたって同じ。動物にしてみりゃ、(なんで走らにゃいかんのよ?)
と思うでしょ。みんな人間がわがまま勝手に始めたこと。動物に競走させて、
勝った負けたと賭け事に興ずる。敗戦後、マッカーサーは靖国神社を
ドッグレース場に変えようとしたからね。何を今さらムチは使わない、だ。
そういうのを偽善と申します。

③エビやカニにしてみりゃ、いきなり熱湯に入れられたら驚くよね。
だからせめて息の根を止めてから茹でるべき、というのだけれど……
日本にはシロウオやタコの踊り食い、なんていう食べ方がある。
欧米人から見ると、ひどく残酷に映るらしいけど、あれって、けっこう旨いんだよね。
活け造りだって、まだ肉がピクピクしてるのを日本人は平気な顔して食べる、
と欧米人は顔をしかめるけど、アメリカ先住民の村を襲って、
赤ん坊を放り投げ撃ち殺したり、妊婦の腹を裂いたりする残酷さに比べたら、
まだマシでしょ。道徳家ぶるんじゃない、と言いたいね。

➃バブル期、ヨーロッパの星付きレストラン数十軒をめぐって、
数百万も散財し(スポンサーの金で)、高級ワインやフォアグラなどの珍味を
いやというほど堪能したことがあるけど、たしかにフォアグラやキャビアはうまいな。
でもフォアグラができるまでの工程を知ったら、ガチョウにいささか同情した。
ガヴァージュ(強制給餌)の仕方がとても残酷で、ガチョウが苦しそうなのだ。
むりやり肥大させた肝臓を食べておいしいと舌つづみを打つ人間という生き物。
地球は人間の天下なのだから仕方ないことかもしれないが、
ボクも偽善者の一人だから、フォアグラは当分食わないことにする。
いや、ほんとうは懐がさびしくて食えないのだけれどね(笑)。

英国労働党の公約に対するボクの正直な感想は以上のようなもの。
動物愛護の精神には敬意を払うけど、偉そうに上から目線で言われると、
いささかカチンとくるね。欧米人のダメなところはそこ。
自分たちが同じ人間に対して行った無慈悲な行為は棚に上げ、
「動物の権利を守りましょう!」などと善人ぶった正論を吐く。
「どの面さげて言うのか!」とボクなんかは思ってしまう。

左翼的な思想の凝縮されたリベラリズムは今、欧米でも行き詰ってしまっている。
唱えていることは正論で文句のつけようのないことばかりなのだが、
political correctnessがすでに破綻しているように、リベラル的な思想は
〝偽善〟だということが白日の下に晒されてしまっている。

英国労働党の掲げた公約はまさに〝偽善〟そのもので、
日本語でいうところの〝ええかっこしい〟というやつだ。
さんざっぱら馬の尻を叩き、茹でたエビやカニを食いまくり、
フォアグラに舌鼓を打ってきたのに、突然、動物愛護の化身となって、
「残酷なことはもうやめましょう!」と唱え出す。
ええかげんにしいや、とボクは言いたい。

以前、アリを踏み殺してはかわいそうと、注意しながら歩いていたら、
脚がこんがらがって転んでしまった。動物愛護もほどほどにしたほうがいい。



←残酷?なガヴァージュ(強制給餌)



2019年8月23日金曜日

坊さんもすなる〝あおり運転〟

あおり運転をしたうえ、相手の運転手の顔をしこたま殴りつけた宮崎文夫容疑者。
「殺すぞ!」と叫びながらこっちに向かってくる様子は尋常ではない。
カモにされた相手の運転手も相当ビビったのではないか。

その話題を団地の仲間たちに振ったら、
「相手の運転手が嶋中さんだったら、宮崎のほうが逆にビビっちゃうんじゃないの?」
「何よ、それ」
「だって、見るからに凶暴そうでガタイもデカいし……ケンカも馴れてるし」
「…………」
「そうだよ。おれが宮崎だったら踵を返して逃げるね。
なんてったって傷害で2回も捕まってんだから、ハンパないよ」
「…………」


仲間のひとりY君は大阪生まれ。宮崎と連れの醜女ガラケーおばさんがとっ捕まった
大阪のマンション前はYの実家の近くだという。現在、妹御が住んでいて、
「あれっ? 犯人の捕まったマンションって、うちの近所とちがう?」
兄のYにラインで緊急のメールを送ってきたらしい。

宮崎容疑者は天王寺高校から関西学院大に進んだエリート。
Yの話だと、天王寺高校から東大や京大へ行く生徒は殊のほか多いという。
関西学院大といえば、わが家も無縁ではない。娘婿の兄が関西学院大アメフト部の
現役コーチなのだ。宮崎のような凶暴な卒業生を輩出したとなれば、
大学としても不名誉極まりないことだろう。

それにしても、宮崎容疑者はよく周囲にこう漏らしていたという。
「(自分が乗ってる)ポルシェが軽(自動車)に追い抜かれたりすると無性に腹が立つ」と。
こういう輩って、悲しいけどけっこういるよね。変形した「事大主義」というか、
有名ブランドの持ち物(車やバッグ、時計など)で
自分を大きく見せようとするやつ。

宮崎という男は口を開けば「女と車の話ばかり」で、
ほとんど中身はなかった、と知人たちは口を揃える。
せっかく名門と呼ばれる学校を出ているのに、女と車の話ばかりでは
お里が知れるというものだ。どっちにもさっぱり興味のないボクなんか、
宮崎の目の前で大あくびをしてしまいそうだ。
「てめェ、ぶっ殺すぞ!」
宮崎に凄まれたら〇〇タマが縮み上がってしまう。

それにしても〝あおり運転〟がいっこうになくならない。
1月には大阪・堺市で寺の住職(61)があおり運転をしたうえ、
相手の運転手の胸ぐらをつかんだ疑いで、書類送検されている。
ホトケ様に仕える出家の身であっても、カッとなると何をしでかすかわからない。
悟りを開いたような顔をしていても、きっと野狐禅(やこぜん)のたぐいなのだろう。

坊さんなおもって〝あおり運転〟を遂ぐ。
いわんや俗人をや。






←胸ぐらつかんで〝辻説法〟か。


2019年7月16日火曜日

鼻の上下 臍の下

知り合いのNさんが、
「嶋中さんは相撲見てる?」と訊くから、
「見てますよ。最近は小兵の炎鵬とか竜電とか、
勢いのある新しい顔ぶれも出てきたからね」
と応えると、Nさんはニヤッと笑って、
「あたしは砂かぶりで観ている和装の〝きれいどこ〟を見ているんですよ」
ときたもんだ。この狒々爺さん、相変わらず女好きときてる(笑)。

相撲中継を見ていて気づくのは、土俵下の砂かぶり席に着物姿の〝きれいどこ〟が
多いことだ。あの着こなしを見ると花柳界のお姐さんや高級クラブのママたちだと
思われるが、なぜ彼女たちが特等席ともいえる土俵際の見物席を占めているのか。
芸妓は相撲が死ぬほど好きなのだろうか?
それとも彼女たちは相撲取りのタニマチなのだろうか?

こういう古川柳がある。

        日に千両 鼻の上下 臍(へそ)の下

寛文年間に作られたもので、鼻の上は目だから「歌舞伎芝居」。
鼻の下は口だから日本橋の「魚河岸」、そして臍の下とくれば、
言わずもがなの「遊里吉原」に決まっている。

これが当時殷賑(いんしん)をきわめた三大消費経済の中心で、
文字どおり日に千両、合わせて三千両が動いたという。

いささか三題噺めいた話になるが、震災(関東大震災)前の歌舞伎の隆盛を
支えたのは、魚河岸と色里の連中だった。〝総見〟と称して、日頃狂言に
馴染みのない者たちも打ち揃って見物してくれたのである。

歌舞伎役者(芸人)や漁民(海民)も、そして色里の遊女たちも、
身分的にはみな賤業視されてきた仲間同士だ。

魚河岸の連中が歌舞伎をひいきにしたのも、互いに〝化外(けがい)の人〟という
身の上が同じだったからに違いない。化外の人というのは文化の及ばない
野蛮な人の意である。歌舞伎役者はもともと河原乞食と呼ばれた連中だし、
漁撈の人たちも「士農工商」の身分制度の外側にいた。もちろん遊女たちは
最底辺に位置づけられたものたちである。

その被差別の者たちが、昔からの絆を大事にし、生活互助会的な見地から、
互いに助け合い支え合っていたとしても不思議はない。
「いや、ただのタニマチだよ」
といわれればそうかも知れない。本場所だけでなく地方場所に和装の美女たちが
多く出没するというから、相撲取りたちがひいきにしているクラブのママ
というのがたぶん真相だろう。

あの砂かぶりの特等席は「溜席(たまりせき)」と呼ばれるもので、
日本相撲協会に寄付した人たちが座れる席だ。15日間の通し席で、
東京場所だと年間390万円以上、地方場所だと130万円以上かかるという。
なかには暴力団がらみの人たちもいるというが、彼らを業界では〝維持員〟
と呼んでいる。古来からの相撲の維持発展に協力しているから「維持員」
と呼ぶのか。

芸者もクラブママも〝水商売〟と呼ばれる人たちだ。
客の人気だけが頼りで収入が不確かだからそう呼ばれる。
実はボクみたいなフリーのライターも彼らの同類で、
お堅い銀行屋から見ると、金を貸したくない最右翼らしい。
実際、ボクなんか食うや食わずの生活なのだから、
水商売と呼ばれるのも当然だろう。

先述した歌舞伎役者も、漁撈関係の人たちも、また芸妓たちも人気や
天候によって収入が左右される立派な〝水商売〟である。歌舞伎役者などは
名門と称して偉そうな顔をしているが、元をただせば河原乞食と呼ばれていた
〝化外の人〟たちで、つい最近までは堅気の人たちと画然と区別されていた。

以前も少しふれたが、藤山寛美が人気絶頂の頃、街中を歩いていたら、
小さな女の子が指さして「あっ、寛美よ。お母さん、寛美がいる!」
と叫んだら、かたわらの母親が、
「指でさすのはおやめ。指が腐る」と言ったとか。

今なら人権侵害といわれるかもしれないが、虚業と実業は当時ハッキリ区別されていた。
差別ではなく区別。事実、芸人は大衆に愛された。愛されはしたが、正当な労働で
稼いでいるわけではないから区別された。あぶく銭で食っている人たちばかりに
お天道様が当たったら、汗水たらして働いている堅気の人たちが報われまい。
そんなまっとうな精神から、この「区別」が生れたのである。
そんな世間の〝眼〟が肌身に沁みているからだろう、芸の鬼と呼ばれた勝新や寛美は、
その日稼いだあぶく銭をその日のうちに使い切ってしまおうと、狂ったように散財
したという。

さて砂かぶりの〝きれいどこ〟は誰なんだ、という話が妙な方向へ行ってしまったが、
歌舞伎役者も相撲取りも、また花柳界のお姐さまたちも、みな〝同じ穴の……〟
のような気がする。共通項は昔でいえば〝化外の人たち〟であり、現代風に言えば
〝水商売〟である。つまり堅実さを伴わない仕事、すなわち虚業に生きる人たちで、
ひと昔前であれば「指が腐る」と後ろ指をさされた人たちである。

ならば犬畜生と同類かといわれれば、そうではない。
水商売にも水商売なりの気概がある。矜持(きょうじ)もある。
ボクなんか金がない分、矜持だけで生きている。
しかし所詮はコトバという符丁を操って飯を食わせてもらっている〝虚業〟
という事実は片時も忘れたことはない。
だから、ごく控えめに、目立たないように地味に生きている。
地味でないのは酒の飲みっぷりだけ。
これだけは〝どもならん〟のでお赦しを(笑)。







←観戦中、ずっと正座だもんね。
膝痛で正座ができないボクなんか羨ましくて……


2019年3月9日土曜日

いじめは決してなくならない

こどもは純真無垢、なんてよく言うが、
同時にひどく残忍な面も持っている。
おとなしい鳩は平和の象徴などというけれど、
ひとたび〝いじめ〟が始まると、徹底して相手の首をつつき、
瀕死の状態になるまで攻撃をやめないという。
平和の象徴どころか、悪鬼の一面も持っているのである。

〝いじめ〟や〝いじり〟によって命を絶つこどもが相変わらず
新聞紙上を賑わせている。今のいじめは陰湿さが増していて、
ネット上で悪口を言いふらし拡散させる。先日もそのことを苦にして
鉄道自殺した女子中学生がいた。ご両親の悲嘆はいかばかりか。

何度も書いているが、ボクは二人の娘たちに「人と群れるな!」
と絶えず言ってきた。何がきらいといって、主体性を見失い付和雷同的に
群れをなして行動することほどきらいなものはない。その極端な行動が、
みんなで寄ってたかって一人の子をいじめるという卑怯な行動につながってゆく。

人と群れるな、というのは「友だちなんか要らない、孤高を守れ」
ということではもちろんない。事実、社交的な娘たちには友だちがいっぱいいる。
が、いざとなったら友との訣別を恐れず、正しいと思ったことを敢然と行え、
という意味である。「いや」だと思ったら、いくら仲のいい友であっても
決然と「No!」と言う。安易に同調せず、自分の意見をハッキリ言う。
もしもいじめられている子がいたら、その子に寄り添ってやる。
いじめられている子にとって、そうした行為がどれだけ励ましになるか。
そのことによって一つのかけがえのない命が救われるかもしれないのだ。

いじめによる自殺が公になると、例によって学校や教育委員会は
大慌てで「第三者委員会」を設置し、公平な調査をやってますよ、
とばかりにその場を取り繕うことに必死になる。
ここ数年、「第三者委員会」というのがやたら流行っているが、
これさえ設置すれば事足りる、という考え方はどこかおかしいんじゃないか。
だいいち何なのよ、あの「第三者委員会」って? 
そんなに便利かつ万能なものなのか?

ボクが教師なら、毎日のように教室でこう弁じたてるだろう。
「いいかみんな、人間の行動の中で最も薄汚いのは、数をたのんで
一人の人間をいじめることだ。こういう連中を卑怯者という。昔はな、
卑怯者と呼ばれたら武士なら刀を抜いて〝決闘しろ!〟と叫んだものだ。
男が卑怯者呼ばわりされたら全人格を否定されたのと同じで、
生きてゆけないくらい恥ずかしいことだったんだ。
ところがどうだ、今の世の中は卑怯者だらけだ。君たちの中にこんな恥ずかしい
マネをする人間はいないと思うが、もしいたら先生が黙っちゃいない。
いいかみんな、ケンカというのは一対一でやるもんだ。数をたのんだり、
ネット上でコソコソ悪口を言うような人間はサイテーの人間だ。
そういう卑怯な輩には先生が相手になってやるからそのつもりでいろ!」

このくらい威勢のいい啖呵が切れるような教師がいたら、
いじめも相当数少なくなると思うのだが、
今どきの教師にそんな根性のある人間はいそうにない。

ネット社会というのは〝匿名社会〟でもある。
匿名だから悪口だって遠慮がなくなり、罪の意識も希薄だ。
いじめの対象が自殺したとしても、「あれっ? ちょっとやり過ぎちゃったかな」
てなもので、数日後にはすっかり忘れてしまう。
悪口言ったのは自分一人じゃないから、罪悪感も分散され、
生涯悔み通す、なんてことには金輪際ならない。
人間の「死」が単なる記号みたいで、やけに軽いのだ。

いじめは決してなくならない。
動物の世界にあるものが、人間の世界だけにはない、なんてことは絶対にない。
いじめは悲しいけれど本能に近いもので、この世に差別がなくならないように、
いじめも決してなくなることはないのだ。

ならばどうする?
『憂きことのなほこの上に積もれかし 限りある身の力ためさん』(熊沢蕃山)
『願わくば、われに七難八苦を与えたまえ』(山中鹿之介)
こうした名言があるように、艱難辛苦に立ち向かうような強い精神を
コツコツ養うしかないだろう。初等教育の場で「怯懦は恥なのだ」と徹底して
教え込めば「千万人と雖も我往かん」とする強靭な精神が育つのではないか。

あとは卑怯を憎む精神を子供たちに徹底的に植えつけることだ。
いじめは遠巻きにして傍観しているものたちも加害者と知るべし。
自分だけは責任を免れている、と信じている最も悪質な加害者といえる。
わが身の安全のみを願って「正義」とか「勇気」といった徳目に
無関心な近頃の親たちにも責任の一端があるかもしれない。
いじめられる側よりいじめる側にいたほうが安全よ、と子に教える母親がある
と聞いたときは、ほんとうにビックリした。世も末だと思った。

昔の薩摩藩や会津藩には『郷中(ごじゅう)』や『什(じゅう)の掟』
といった子弟への独自の教育法があった。

「弱い者をいじめるな」
「ウソをつくな」
「負けるな」
「怯懦(臆病なこと)は恥だ」
「卑怯なマネをするな」
といったことどもを徹底して教え込むのだ。。

毎朝、教室でこれら千金の掟を大きな声で唱和させたらどうか。
それだけでもずいぶん状況が変わってくるのではないか。
それでも頭の固い文科省の役人やおバカな日教組の連中には、
おそらくピンとこないだろう。
へたをすると「修身や皇民化教育を復活させるつもりか!」などと
トンチンカンな反論をしかねない。左翼のバカは死ぬまでバカ。
いつだって口だけの彼らには、世の中を変える力など所詮ありはしないのだ。

「友だちなんか要らない。あたしゃ一人が一番いい」
小中高と一人も友だちのいなかったボクは、その分、読書の世界にのめり込み、
「読書尚友」(書物を通して古人を友とし語り合うこと)の喜びを知った。
わずか数年間、机を共にするだけの友なんて、真の友でも何でもない。
友だちなんて、長ずればいつだってできるものなのだから、
焦って作る必要などまったくないのだ、とボクは声を大にして言いたい。

「いじめられたら10倍にして返してやれ!」
「相手がグウの音も出ないくらいやっつけてやれ!」
ケンカ馴れしているボクなら、「やられたらやり返せ!」と教えてやる。
ついでに筋トレで身体を鍛え、どこを殴れば効果的か、ケンカ殺法も教示してやる。

「コワモテの金八先生を気取ってるの?」
フフン、なんとでも言ってくれ。
確信をもって言わせてもらうが、ボクならすばらしい教師になれると思う。
こどもたちに慕われ頼られるすばらしい教師に……。
ああ、どこかの学校で臨時に雇ってくれないかしら(笑)。
これだけラブコールを送っているのに、お声がかからないのは、
やたら人を殴りたがる凶暴なじいさんはお呼びでないってこと?
















2019年2月25日月曜日

役人根性大っきらい

独断と偏見で言わせてもらうと、ボクは〝役人〟が好きではない。
役人を公務員と言い換えてもいい。ただし例外があって、警察官と消防隊員と
自衛隊員(特別国家公務員)はその限りではなく、むしろ尊敬している。

「役人」と「官僚」とは違うらしく、後者は国家公務員Ⅰ種の資格を持つ公務員の
ことで、平たくいうと国を指導する立場の公務員のことを指す。以前も少し触れたが、2010年、「APEC首脳会議」が横浜で開催されたとき、各国首脳たちをどんな食事で
もてなすか、ということでボクの女房が「知恵を貸してくれ」と外務省から頼まれた
ことがある。

カミさんは料理記者としてはベテランの部類で、キャリアは40年以上。
和洋中の料理に通じ、プロ向けの料理雑誌の編集長を務めただけでなく
有名料理人の本を数十冊も手がけている。で、この「横浜APEC」に際しては、
いろいろなアイデアを提供した。だが、外務省の担当が細かいことにまで
くちばしを挟んでくる。そのことごとくが的外れで慇懃無礼な応対であった。

「一見、低姿勢なんだけど、実は尊大そのものなんだよね」
カミさんはもう二度と一緒に仕事をやりたくない、と思ったという。
官僚の中でも財務省に次ぐエリート中のエリートといわれる外務官僚。
東大卒のキャリア官僚ともなれば、それは鼻高々だろうし、
いかな低姿勢を演出しても〝官尊民卑〟に似たエリート意識はぬぐえない。
〝上から目線〟の物言いは骨がらみで沁みついてしまっているのである。

閑話休題。
ユダヤ人にとって「杉原千畝」という元外交官は〝生命のビザ〟を発給した
人物として知られている。当時、リトアニア領事代理だった杉原は、
ナチス・ドイツに追われたユダヤ人難民に日本通過ビザを発給した。

当時の日本の外務省はナチス・ドイツとの関係でビザ発給を認めなかったのだが、
杉原は訓令違反を承知でビザを発給し、そのおかげでユダヤ人6000人の生命が
救われた。この〝生命のビザ〟の話は、今やだれでも知っている。

かつて〝外務省のラスプーチン〟と呼ばれた作家の佐藤優は、
ノンキャリア組だっただけにかつての古巣に対しても遠慮がない。
佐藤の敬愛するのは元衆議院議員の鈴木宗男だ。1991年、日本が独立を承認した
バルト三国に政府特使として派遣された鈴木(当時外務政務次官)の通訳をした
のを機に、二人は強い紐帯で結ばれるようになった。佐藤が外務省の主任分析官
となった背景にも鈴木の威光があったといわれている。

←鈴木宗男(左)と佐藤優








その鈴木の功績の一つに〝杉原千畝の名誉回復〟がある。
鈴木は本省からの訓令に逆らってまで〝生命のビザ〟を発給したという
史実に感銘を受け、杉原夫人を外務省の飯倉公館に招き、直接謝罪したのである。
ところが当時の外務省幹部はこのことに猛反対をした。杉原千畝は外務省の
訓令を破った張本人だったからだ。

外交政策の決定において、もっとも考慮されるべきは人道的なものが基本中の基本、
とボクなんか素人は考えてしまうが、融通の利かない先例主義、法規万能主義
といったものに凝り固まっている役人たちには、そのことがわからない。
官僚の一番いやらしい面が出た、というべきだろう。

うちのカミさんの外務官僚嫌いと、杉原千畝の〝美談〟を
むりやり結びつけるつもりはさらさらないが、ガッチガチの形式主義と
「前例がないですから……」と新規なものを避けようとする先例至上主義は、
昔も今も少しも変わっていないような気がする。創意が欠如し、保身第一に
走る独善的な官僚主義が、この国を静かにそして着実に蝕んでいる。

←罷免覚悟でビザを発給した
杉原千畝。