長寿を寿(ことほ)ぐことが良いことなのかどうか、わからなくなってきた。
昔は三代、四代が同居する大家族制がふつうで、『家に年寄り、屋敷に大木』
という諺があるくらい、年寄りは一目置かれ大事にされてきた。長い年月にわたって
積み重ねてきた経験には何ひとつムダなものはない、という暗黙の了解が
社会の常識になっていたからである。
年寄りに敬意を払った諺は他にもある。
『年寄りは家の宝』
『年寄りの唾は糊(のり)になる』
なんていうのもある。なんだか汚らしい諺だが、たしかに粘り気はありそうだ。また、
『年寄りの言うことと牛の〝しりがい〟は外れない』
というのもある。しりがいとは牛の尻にかけて牛車を固定する道具のことである。
どれもみな「褒めすぎじゃないの?」の感が無きにしも非ずだが、
インターネットなど存在しない時代に農林水産業などの現場では、
経験を積んだ長老たちの意見は珍重されたのである。
ところがどうだ。今の時代はどう考えても年寄りにアゲンストの風が吹いている。
ブレーキとアクセルを踏み間違え事故を起こす年寄りたち。認知症であてどなく
徘徊する年寄りたち。子や孫たちに介護の世話を焼かせる年寄りたち。
高額な医療費で国の財政を圧迫する年寄りたち……挙げだしたらキリがない。
年寄りは家の宝どころか国のお荷物になりかけているのである。
また、年寄りを狙ったサギ事件も相変わらず後を絶たない。
東京の町田市では、高齢者を狙った特殊サギ事件が、過去3ヵ月の間に25件。
被害総額は4700万円だという。この額に驚いてはいられない。2017年
の1年間で、世田谷区では高齢者をカモにした特殊サギ事件が216件発生、
被害総額はなんと5億4700万円におよぶという。23区内ではワースト1だ。
お金持ちの多そうな世田谷区はサギ師たちにとっても〝宝の山〟なのだろう。
特殊サギはいわゆる〝おれおれ詐欺〟の変形バージョンが次々と生み出され、
今は医療費などの返還を装った「還付金サギ」が大流行なのだという。
世田谷区の被害のおよそ40%がこの手口だ。そもそも濡れ手で粟の特殊サギだ、
頭のボケた老人たちが相手なのだから、赤子の手をひねるようなものだろう。
サギ師たちだってバカではない。悪知恵の限りを尽くして犯行に及んでいる。
特殊サギはバカではできないIntellectual crime(知的犯罪)なのである。
こうした事件が相次ぐと、年寄りへの敬意は失われ、次第に厄介者扱い
されるようになる。あれほど〝家の宝〟などと敬愛されていたのに、
『年寄れば犬も侮る』の諺よろしく、ペットにもバカにされるようになった。
そして、
『年寄りと釘頭は引っこむがよし』
『年寄りと仏壇は置き所がない』
などという俚諺(りげん)が至極当たり前のように口の端(は)にのぼってくる。
長寿はめでたいどころか、迷惑千万なものになりかけていて、
高齢者たちは寄るとさわると「ネンコロはいや、ピンコロで死にたい」
などと嘆くのである。
「おれだよ、おれおれ……」
と長男を装った男から電話があると、(わたしは絶対引っかからないわ)
といくら自分に言い聞かせていたとしても、
「会社の金を使い込んでしまった。助けて!」
と切羽つまった声で言われると、『子ゆえの闇』か、たちまち理性が失われ、
男の言いなりになってしまう。あれほどテレビや新聞で特殊詐欺事件が
報道されているのに、年寄りたちは教訓から少しも学ばず、
いっこうに被害は減らない。
(年は取りたくないもんだ)
世間は改めてそう思い、本人も意気消沈する。
ボクも年寄りの片割れだから、若い連中に侮られるのは願い下げだが、
いつかは犬にも侮られるようになるのかもしれない。だからボクは
老残の身をさらすよりは潔い「安楽死」の途を選びたいのだ。いきなり
安楽死とは穏やかではないが、バカにされ厄介者扱いされ、おまけに老衰で
身体の自由が利かなくなったら、四の五の言わず死んだほうがましだ。
武士道とは死ぬことと見つけたり、なのである。
しかし日本国は無粋にも安楽死の権利を認めていない。実に残念なことである。
一方、オランダやベルギー、スイスなどは安楽死を認めている国で、
'16年の統計では、オランダで亡くなった人の約4%(6091人)が
合法的な安楽死だったという。ただしオランダでは外国人の安楽死を認めていない。
認めているのはスイスで、外国人であってもお代を払えば死なせてくれる。
そのお代は約200万円。幸いなことに女房の姪っ子夫妻がスイスに住んでいるので、
いざとなったらお願いしてみることにする。
ただ問題は、どうやってスイスまで行くかだ。
ボクはかつて仕事で何度も欧州へ足を運んだものだが、いまはそれができない。
突然、「閉所恐怖症」という厄介な病気を患ってしまったのだ。
閉ざされた空間で、それも空の上ときたら一大パニックを起こし、
悶絶してしまう(気絶しているうちに到着するだろうから、かえっていいかもw)。
ああ、犬畜生にもバカにされるようになったら、
いったいどうやって誇り高く生きていったらいいのか。
よい知恵があったら、誰か教えてくれませんか?
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