2019年8月13日火曜日

人生は悲しみひとつ

飲みすぎと夏バテが重なって体調がチョー悪し、という感じだったので、
命を護るため高らかに禁酒宣言を発した。

で、どうなったかというと、2日間の完全禁酒に成功した。
大方の予想では「1日だってムリでしょ」が大勢を占めていたから、
2日も禁酒したら大成功である。あんまり嬉しいものだから、
ここ数日、仲間たちと祝い酒に興じている。

先日、ボクの親友が膀胱ガンで亡くなった。まだ60代半ばである。
最愛の夫を失った奥方は、
「もう二度とあの笑顔に会えないのかと思うと心底辛い。そしていまだに
そのことが信じられない」と嘆いていた。
また友人Nの娘婿はすい臓ガンと診断され、Nはほとんど絶望している。
婿さんはまだ40代。子供も3人いる。サイレントキラーと呼ばれるすい臓ガン。
めったなことは言えないが、生還を祈るしかない。

ボクの愛読書でもある『The Little Prince』の中に、王子がいろんな星を
訪ねるシーンがある。その中の一つは酔っぱらいの住む星だった。
王子様は酔っぱらい男にこう尋ねる。
❛What are you doing there?❜
酔っぱらいは悲しそうな顔してこう答える。
❛I am drinking,❜
❛Why are you drinking?❜
と重ねて訊くと、この酔っぱらいは、
❛So that I may forget,❜と答える。
王子はやや同情気味に、
❛Forget what?❜と訊けば、酔っぱらいは、
❛Forget that I am ashamed,❜と首うなだれながら答える。
王子はなおも、
❛Ashamed of What?❜と訊く。
酔っぱらいは、こう答えて口を閉じた。
❛Ashamed of drinking!❜

酔っぱらいの気持ちは半分わかる。
辛いこと、悲しいこと……生きていれば「愛別離苦」は誰にだって訪れる。
宗教家の紀野一義は、人の生涯は〝悲しみ一つ〟と思いきわめろ、と言っている。
「親鸞は〝悲しみをよく知る人〟であった。悲しみをよく知る人でなくては
大勢の人を幸せになどできないのである」

人生は悲しみひとつ。
そう思いきわめれば、
そこはかとない無常観に包まれ、
生きとし生けるものに対して優しい眼差しが向けられる。
ボクが求めている境地はココなんじゃないか。
悲しみを根っこに持つ明るい無常観、とでもいうべき境地なのではないか。
 

今の瞬間が幸せでも、次の瞬間は不幸の淵に立っているかもしれない。
一寸先は闇で、突然の輪禍であの世に逝ってしまうかもしれないのだ。
現にそんな事件や事故が後を絶たない。

酒を飲みながらそんなことにのべつ思いをめぐらせているわけではないが、
「苦い酒」「悲しい酒」の味だけは心に刻んでおいたほうがいい。

星の王子様は酔っぱらいが住む星を去る時、こんなふうに呟く。
❛The grown-ups are certainly very , very odd,❜



2019年7月16日火曜日

鼻の上下 臍の下

知り合いのNさんが、
「嶋中さんは相撲見てる?」と訊くから、
「見てますよ。最近は小兵の炎鵬とか竜電とか、
勢いのある新しい顔ぶれも出てきたからね」
と応えると、Nさんはニヤッと笑って、
「あたしは砂かぶりで観ている和装の〝きれいどこ〟を見ているんですよ」
ときたもんだ。この狒々爺さん、相変わらず女好きときてる(笑)。

相撲中継を見ていて気づくのは、土俵下の砂かぶり席に着物姿の〝きれいどこ〟が
多いことだ。あの着こなしを見ると花柳界のお姐さんや高級クラブのママたちだと
思われるが、なぜ彼女たちが特等席ともいえる土俵際の見物席を占めているのか。
芸妓は相撲が死ぬほど好きなのだろうか?
それとも彼女たちは相撲取りのタニマチなのだろうか?

こういう古川柳がある。

        日に千両 鼻の上下 臍(へそ)の下

寛文年間に作られたもので、鼻の上は目だから「歌舞伎芝居」。
鼻の下は口だから日本橋の「魚河岸」、そして臍の下とくれば、
言わずもがなの「遊里吉原」に決まっている。

これが当時殷賑(いんしん)をきわめた三大消費経済の中心で、
文字どおり日に千両、合わせて三千両が動いたという。

いささか三題噺めいた話になるが、震災(関東大震災)前の歌舞伎の隆盛を
支えたのは、魚河岸と色里の連中だった。〝総見〟と称して、日頃狂言に
馴染みのない者たちも打ち揃って見物してくれたのである。

歌舞伎役者(芸人)や漁民(海民)も、そして色里の遊女たちも、
身分的にはみな賤業視されてきた仲間同士だ。

魚河岸の連中が歌舞伎をひいきにしたのも、互いに〝化外(けがい)の人〟という
身の上が同じだったからに違いない。化外の人というのは文化の及ばない
野蛮な人の意である。歌舞伎役者はもともと河原乞食と呼ばれた連中だし、
漁撈の人たちも「士農工商」の身分制度の外側にいた。もちろん遊女たちは
最底辺に位置づけられたものたちである。

その被差別の者たちが、昔からの絆を大事にし、生活互助会的な見地から、
互いに助け合い支え合っていたとしても不思議はない。
「いや、ただのタニマチだよ」
といわれればそうかも知れない。本場所だけでなく地方場所に和装の美女たちが
多く出没するというから、相撲取りたちがひいきにしているクラブのママ
というのがたぶん真相だろう。

あの砂かぶりの特等席は「溜席(たまりせき)」と呼ばれるもので、
日本相撲協会に寄付した人たちが座れる席だ。15日間の通し席で、
東京場所だと年間390万円以上、地方場所だと130万円以上かかるという。
なかには暴力団がらみの人たちもいるというが、彼らを業界では〝維持員〟
と呼んでいる。古来からの相撲の維持発展に協力しているから「維持員」
と呼ぶのか。

芸者もクラブママも〝水商売〟と呼ばれる人たちだ。
客の人気だけが頼りで収入が不確かだからそう呼ばれる。
実はボクみたいなフリーのライターも彼らの同類で、
お堅い銀行屋から見ると、金を貸したくない最右翼らしい。
実際、ボクなんか食うや食わずの生活なのだから、
水商売と呼ばれるのも当然だろう。

先述した歌舞伎役者も、漁撈関係の人たちも、また芸妓たちも人気や
天候によって収入が左右される立派な〝水商売〟である。歌舞伎役者などは
名門と称して偉そうな顔をしているが、元をただせば河原乞食と呼ばれていた
〝化外の人〟たちで、つい最近までは堅気の人たちと画然と区別されていた。

以前も少しふれたが、藤山寛美が人気絶頂の頃、街中を歩いていたら、
小さな女の子が指さして「あっ、寛美よ。お母さん、寛美がいる!」
と叫んだら、かたわらの母親が、
「指でさすのはおやめ。指が腐る」と言ったとか。

今なら人権侵害といわれるかもしれないが、虚業と実業は当時ハッキリ区別されていた。
差別ではなく区別。事実、芸人は大衆に愛された。愛されはしたが、正当な労働で
稼いでいるわけではないから区別された。あぶく銭で食っている人たちばかりに
お天道様が当たったら、汗水たらして働いている堅気の人たちが報われまい。
そんなまっとうな精神から、この「区別」が生れたのである。
そんな世間の〝眼〟が肌身に沁みているからだろう、芸の鬼と呼ばれた勝新や寛美は、
その日稼いだあぶく銭をその日のうちに使い切ってしまおうと、狂ったように散財
したという。

さて砂かぶりの〝きれいどこ〟は誰なんだ、という話が妙な方向へ行ってしまったが、
歌舞伎役者も相撲取りも、また花柳界のお姐さまたちも、みな〝同じ穴の……〟
のような気がする。共通項は昔でいえば〝化外の人たち〟であり、現代風に言えば
〝水商売〟である。つまり堅実さを伴わない仕事、すなわち虚業に生きる人たちで、
ひと昔前であれば「指が腐る」と後ろ指をさされた人たちである。

ならば犬畜生と同類かといわれれば、そうではない。
水商売にも水商売なりの気概がある。矜持(きょうじ)もある。
ボクなんか金がない分、矜持だけで生きている。
しかし所詮はコトバという符丁を操って飯を食わせてもらっている〝虚業〟
という事実は片時も忘れたことはない。
だから、ごく控えめに、目立たないように地味に生きている。
地味でないのは酒の飲みっぷりだけ。
これだけは〝どもならん〟のでお赦しを(笑)。







←観戦中、ずっと正座だもんね。
膝痛で正座ができないボクなんか羨ましくて……


2019年7月11日木曜日

素描・いけ好かない人たち

(どうもこの人、いけ好かないな)と思うことはよくある。
理屈は正しいのだが、どうでもいいような些事を取り上げては、
ひとこと物申す、という感じで、団地総会などでこの手の御仁が発言しだすと、
みな(またかよ……)といったウンザリ顔で、時計を気にしたりする。
悲しいことに本人は得意満面のドヤ顔で、あたりを睥睨(へいげい)
するかのように胸を張っている。で、またやたら長いのですよ、
この手合いの話は……。

そんな、どこにでもいそうな〝変な人たち〟を思いつくままに挙げてみる
(おれもヒマだな)。
●気位の高い人
知り合いのひとりなのだが、自分からは絶対に挨拶しない。こっちが「Sさん」と
呼びかけると、さも驚いた風を見せ、挨拶を返してくれるのだが、なに最初から
気づいているのである。このSさん、「若い頃はさぞや」と思わせる美人のおばさん
なのだが、このわざとらしいおトボケぶりが欠点といえば欠点。
たぶん一生この調子だろう。

●相手の顔をジロジロ見るおじさん 
比較的年配のおじさんに多いタイプ。散歩のときなどで、
すれ違う際にジロジロ顔を見られる。「こいつはどんな素性の男なんだ?」と、
訝しそうな顔で通り過ぎる。国際的なマナーでは、相手の顔をジロジロ見る
というのはバッドマナーの典型。発展途上国などでよく見られるマナー違反だが、
先進国の日本でも〝おじさん〟と呼ばれる種族はよくこれをやる。

●人の話を聞かず、自分ばかりしゃべりたがる人
記者時代は職掌柄、三分七分で(相手が七分)、どっちかというと聞き役に
回っていたが、今は四分六分くらいになっていると思う。時々、
「嶋中さんは聞き上手よね」などとお褒めの言葉をいただくことも。
話が盛り上がる時は互いに話のキャッチボールをしている時。
一方だけがしゃべり、それも自慢話ばかりだったら確実にきらわれる。

●いわゆる〝正論おじさん〟
一部で社会問題化しているのがこの〝正論おじさん〟や〝暴論おじさん〟の存在。
言っていることは正しいのだけれど、重箱の隅をつついたような
枝葉末節のことばかり。「あなたもそう思うでしょ?」と時に同意を
求められたりするのだが、ボクは顔で笑顔を作りながら、
心の中で(ハイ、ハイ)と聞き流している。わが団地にも佃煮にするくらいいる。

●〝ながらスマホ〟で自転車に乗ったり車を運転したりする人
おしゃぶりを手放せない赤ん坊みたいに、スマホ中毒にかかっている大人たちが
いっぱいいる。スマホの画面に夢中で、通行人や車に無頓着なヤングママがいた。
あろうことか彼女はベビーカーを押していた。ボクは思った。
(豆腐のカドに頭をぶつけて死んでしまえ!)と。電柱のほうがいいか(笑)。

●〝本人〟の幟(のぼり)をたて、やたら握手をしたがる候補予定者
選挙期間外に自分の名前を出したり演説したりすると〝公選法〟違反になる、
というのは知っている。だが、あの〝本人〟と謳った幟やタスキを見かけると、
(バカみたい)とつい思ってしまう。自転車で走り回っている候補者を見ると、
どんなに高潔な人物であっても〝マヌケ〟に見える。いけ好かないな、
あの〝本人〟の幟は。

●スーパーのレジで執拗に小銭で支払おうとするおばあさん
レジ係も呆れ、列に並んだ客たちから舌打ちされたりしているのに、
われ関せずとばかりに、財布から一円玉や五円玉を取り出そうとするおばあちゃん。
そしてまたその動きがスローモーション映像みたいに遅い。
小銭をためておきたくない気持ちはわかるが、
少しは周りの空気を読んでくれないと……齢は取りたくないもんだ。

●ストリートアートと称して落書きをする無法者ども
ボクはそもそも落書きというものが大きらい。他人の家の壁や塀にスプレーで
落書きをし、「これはアートです」と開き直るものがあったら、平手打ちを
喰らわせてやりたい。バンクシーの落書きだけはアートとして価値が
認められているそうだが、これもおかしな話で、落書きする人間はどいつも
こいつも一網打尽にしてひっ捕まえ、法外ともいえる罰金を科したほうがいい。
なにがアートだ、バカバカしい。


←バンクシーの落書きだけが許されるなんて……








2019年7月4日木曜日

甘ちゃんの政治屋どもがはびこる国

例によって米国のトランプ大統領が言いたいことをいっている。
「日米安保条約は不公平だ」と。
日本が他国に侵略されたら、アメリカはそれこそ死力を尽くして日本を護るが、
逆の立場だったらどうか。日本はアメリカを助けてくれるか。アメリカのために
兵士たちは命がけで戦ってくれるか?

アメリカの言うことにも一理ある。日本は安全保障関連法が成立したおかげで、
米艦を防護したり、集団的自衛権の〝限定行使〟がほぼ可能になった。
それでもアメリカは日米安保条約を「片務的な合意だ」と不平を鳴らす。
安倍内閣のおかげで相当部分双方向の中身に変わりつつあるのだが、
やはり現行憲法の制約で、死力を尽くして共に戦う、というわけにはいかない。
ボクだったらトランプちゃんにこう言うね。
「グチャグチャ文句を言うなよ。本(もと)を正せばお前たちが無理やり押しつけた
憲法じゃないか。文句をいうなら、改憲の後押しでもやったらどうだ!」



かつてアメリカはフィリピンでヘマをやらかしている。
1991年11月、米国のクラーク空軍基地をフィリピンに返還しているのだ。
この年の4月、同国のピナトゥボ火山が噴火し、火砕流が空軍基地を覆い、
多くの建物が倒壊した。当時、〝冷戦終結〟という環境変化もあって、
この機にアメリカはスービック海軍基地と共に、フィリピンから撤収
することにしたのである。

するとどうなったか? さっそく中国のお出ましである。
南沙諸島の環礁の一つであるミスチーフ環礁を埋め立て、人工島を造って、
軍事基地化を推し進めているのである。そして今、3000m級の滑走路まで造り、
実効支配している。この環礁はフィリピンだけでなくベトナムも領有権を主張
している。が、そんな弱小国の言い分に耳を傾ける中国ではない。

「この海域は昔から中国のもので、歴史的にもそのことが証明されている」
などと一方的に主張。「九段線」なるもので、南シナ海がスッポリ収まるような
境界線を勝手に引き、主権や歴史的権利を主張している。フィリピンやベトナムは
これに猛反発、国際司法の場に訴えた。国際司法裁判所は原告側の主張を全面的に
認め、中国の主張にはまったく根拠がないと一蹴した。しかし厚顔な中国は、
「そんな紙っぺら1枚に何の価値もない」
とうそぶいた。そしていまだに中国の実効支配は続いている。

このミスチーフ環礁の事例は決して対岸の火事ではない。
アメリカの軍事的プレゼンスがなくなった途端に、中国やロシアがこれ幸いと
その空隙を埋めようとする。国際政治の場は、油断も隙もあったもんじゃないのだ。

沖縄の玉城デニー知事は、前任の翁長知事とまったく同じ口調でこう言っている。
「普天間基地の県外移設と早期返還をお願いしたい」と。
沖縄には申し訳ないが、普天間飛行場から米軍が撤収したら、
フィリピンの二の舞になるかもしれない。尖閣どころか台湾も沖縄も中国に分捕られ、
軍事基地化されてしまうかもしれないのだ。
「そんなの杞憂ですよ」
と誰が確信をもって言えよう。

沖縄が中国のものになれば、太平洋への入口が一気に開かれる。
中国とロシアがそのことをどれほど望んできたか。
地政学的な価値からすると、沖縄は中国にとって垂涎の的なのである。

アメリカのトランプがあんまりゴチャゴチャ言うようなら、
こう言い返してやればいい。
「日本も核開発しますよ」と。
開発した核を世界一静粛性の高い日本の潜水艦に積んで東シナ海を遊弋(ゆうよく)
させれば、さすがの中国も手が出まい。イギリスは核弾頭付きのトライデント・
ミサイルを搭載した4隻の原子力潜水艦を保有している。たった4隻でも抑止力は
十分で報復を恐れどの国も手出しができない。この比較的安価なイギリス方式を
マネればいいのである。

集団的自衛権の行使は違憲であり、安保法制は〝戦争法案〟だ、
などと、相変わらず日本の野党はいきり立っている。
では日本の平和と安全をどうやって守るのだ、
揚げ足取りばかりやってないで対案を出せ、と言ってもそれはないという。
「話し合いで解決すべきだ」
などと子供じみたことをいう。話し合いで解決できないかしら、
とフィリピンやベトナムは国際司法の場に訴えた。で、解決したか?

国際政治の場は「話し合いで解決」できるような生やさしい場ではない。
軍事力を背景としたパワー対パワーがぶつかり合う決闘場みたいなところで、
そんなことは少し歴史を齧れば分かることだ。世界は冷徹な〝パワーポリティクス〟
によってどうにか均衡が保たれているのである。国同士の〝善意〟が通用する
ような場では金輪際ないのだ。

まずは憲法を改正して自衛権の問題を現実的なものに戻さなくては
何も始まらない。それより何より、日本国は〝平和を愛する隣国〟の
善意によって護られている、といった内容のあの恥ずかしい〝前文〟を
何とかしてくれ。気恥ずかしくて読むに堪えない。
恥を知らない野党の〝税金ドロボーたち〟には到底理解できまいが、
憲法改正は国家の存亡に係わる喫緊の課題なのである。





←中国が軍事基地化を進めている
南シナ海の人工島。

2019年6月22日土曜日

白いパンは生焼け、黒は焼けすぎ、黄色は?

アメリカで社会保障番号みたいなID番号を取得するには役所で申請書を
書かなくてはいけない、という話を前回書いた。で、そこには髪の色とか目の色、
肌の色を記入する欄がある。「肌の色」の欄は白人はCaucasian、黒人はBrownとか
Darkと書くらしい。日本人は黄色人種だからYellowと書くと思いきや、
役人は「Mediumと書け」とおっしゃる。ならば、ちょっと色白の日本人は
Medium-rareなのかよ、と皮肉まじりに尋ねてみた、という話を書いた。

さて、このWhite personをCaucasian(コーケイジャン)と書くのはアメリカだけ
なのだという。ヨーロッパでは使っていないらしい。白人は人種分類では
Caucasoid(コーカソイド)と呼ばれる。接尾語の「……oid」は「~のような」
の意で、「コーカサス出自の人種」という意味である。つまりカスピ海と黒海に
挟まれたコーカサス地方出身の人種に由来していて、ご承知のように黒人は
ネグロイド、黄色人種はモンゴロイドと呼ばれる。

なぜ白人はコーカソイドなのか。それは『旧約聖書』を読めばよく分かる。
旧約の創世記によると、紀元前3000年頃、地球上に40日間にわたって大雨が降り、
大洪水に見舞われたという。日時は2月17日だ。(昔も昔、気の遠くなるほど大昔の出来事
なのに、なぜそんな詳しいことが分かるんだよ、などと茶化してはいけない。ホントもウソも聖書に
そう書いてあるのだからしかたがない)。


←ボクが持っている『旧新約聖書』。
日本聖書協会発行の旧字体の聖書で、
至る所に赤線や書き込みがしてある。
『原始(はじめ)に神天地を創造(つくり)
たまへり』で始まる文章は格調が高い。







いわゆる〝ノアの方舟〟の伝説である。ノアはこの時、年齢が600歳だった。
双子姉妹で100歳を超えたきんさん・ぎんさんなどの及ぶレベルではない。
他にも1000歳なんて人間が旧約には出てきたりするから、当時の人間はみな
並外れて(外れ過ぎだが)長寿だったのだろう。もっともイエス・キリストは
処女懐胎したマリアさんのお腹から生まれたというから、『旧約』も『新約』も
〝トンデモ説満載のトンデモ本〟の一種であることはまずまちがいない
(クリスチャンの皆さん、暴言妄言の数々をどうかお赦しください)。

そのノアの方舟は現在のコーカサス地方のアララト山(標高5137㍍)にたどり着いた。
ノアの息子3人は上からセム、ハム、ヤペテ。だれが決めたんだか、
この3人の息子たちが人類の始祖ということになっている。大まかに言うと、
セムの子孫が黄色人種、ハムの子孫が黒色人種、ヤペテの子孫が白色人種と
されている。つまり「インド・ヨーロッパ語族」と称する白人たちはすべて
〝ヤペテ系〟なのである。

人類の中でヤペテ系の白人が最も優秀で容姿も美しい、と唱えたのはドイツ人医師の
ブルーメンバッハだ。当時の人類学は科学的根拠に乏しく、人種差別的な思想が
色濃く投影されていたから、「白人至上主義」的な考えがはびこったのも無理はないが、人類の祖先はアフリカの黒人で、白人は黒人の白子(albino)に過ぎないという説が
有力な今日、白人優位説はどう考えても説得力を持てそうにない。

アルビノという色素欠乏症の個体は2万人に1人くらいあるらしい。ボクが子供の
頃にも、近所に白子の男の子が一人いた。髪は白色で、肌もすべて真っ白だった。
メラニン色素を合成できないという遺伝子疾患を持つ個体だそうで、時々テレビの
ニュースなどでも白いライオンや虎などが話題になったりするから、
皆さんよくご存じだろう。

アルビノは色素を持たないから太陽の紫外線に耐えられない。
で、アルビノのグループが酷暑のアフリカから命からがら逃げ出し、
彼らの多くが住みついた場所が寒冷なスカンジナビア半島だった、
という説がある。それが白人の起源なのだそうだ。

北欧出身の人には金髪が多い。金髪も実はアルビノの一種で、
髪の毛の色素がないとされている。一般に、アルビノの寿命は短い。
30歳まで生きられれば御の字というから、悲しいかな黒人の劣性遺伝である
アルビノは至極短命なのである。

どうやって寿命を延ばしていったかというと、メラニン色素を持っている
他の人種と適度に混じり合ってきたからだ。ブロンドだって、最初はまっ白だった
が、長い年月をかけて混血しながらほどよい色付けがなされてきた。
よく欧米人を「金髪に青い目」などとシンボライズするが、あの魅惑的な青い目は
ただ単に血管の静脈が浮き立って青く見えているにすぎない。


←先天性白皮症(アルビノ)の美しい少女









肌が白くてうらやましい、などと日本の女性たちは白人女性に憧れたりするが、
その白人たちは陽に当たるとすぐソバカスができてしまう。瞳も虹彩の色が薄い
ため、光の量が調節できず、サングラスを手放せない。すべてがアルビノ(白子)
と症状が一緒なのである。白人は人類の中で自分たちが一番優秀だなどと
威張っているが、もとをたどれば黒人の遺伝子疾患に過ぎず、たまたま近・現代、
とりわけ19世紀に世界制覇を果たしたため、「俺たちはすごいんだ!」と勘違い
してしまったのだろう。

ボクは白人だろうと黒人だろうと「差別」はしない。ただし「区別」はする。
男女の更衣室やトイレを区別しなかったら、それこそ大変なことになる。
その「区別」である。以前にも少しふれたがボクの父方の叔母はアフリカ系の
アメリカ人と結婚したから、アメリカに住むボクの従兄弟やその子供たちは、
みな陸上のサニブラウンやNBAにドラフト指名された八村塁みたいに色が黒い。
当たり前のことだが、人類のご先祖様により近く、メラニン色素が多いからだ。
そんな事情もあって、白人至上主義などというノーテンキな思想は一切受容でき
ないし、思いきり蹴っ飛ばす。人類の歴史を少しでも齧れば、あの思想がいかに
噴飯ものであるかがよくわかる。

わが家にホームステイした留学生は過去に10数人いるが、およそ7割が白人で、
他が中国やタイ、ベトナム系などの〝ミディアム〟であった(笑)。ボクは
そもそも相対的な考えの持ち主なので、白人が一番といった絶対主義は迷わず
一蹴する。そんなものはちょっとばかり学問をすれば容易に分かることだ。
現に白人至上主義を掲げるKKK(クー・クラックス・クラン)などといった秘密結社の
メンバーは、みな学問のない差別主義者ばかりではないか。

人種差別にしろ男女差別にしろ、「差別」というものは人間として最も薄汚い行為
といえる。これは初耳なのだが、日本が真珠湾攻撃をした時、アメリカにあった
黒人グループの多くが警察に捕まったという。彼らが日本に協調して内乱を起こす
と思われたからだ。

当時、イスラム教徒や黒人たちにとって日露戦争に勝ち白人をやっつけた日本は
希望の星であった。また第一次世界大戦後のパリ講和会議で、「人種差別撤廃」を
訴えたのは日本が最初であった。アメリカのウィルソン大統領によって否決されて
しまったが、支配者面した白人たちに堂々と叛旗をひるがえしたのは、有色人種の
中で日本人だけなのである。黒人たちの〝希望の星〟になったのもむべなるかなだ。

いま、ヨーロッパにはイスラム教徒の移民・難民がはびこり、
アメリカでは増え続ける有色人種たちに追われ白人が少数派になりつつある。
白人至上主義が消えるのも、もはや時間の問題だろう。



←黒人の親に生まれたアルビノ(白子)。
アフリカではアルビノの肉を食べると
不治の病も治る、と信じられ非情にも
〝アルビノ狩り〟が行われているという。
無知と迷信はなんとも罪深い。

2019年6月16日日曜日

ミディアム・レアにしておくれ

山本夏彦以上の辛口コラムニストが高山正之だ。
ボクはこの高山の本をほとんど全部読んでいる。
辛口が過ぎて、読んだあと軽いめまいが起こるのが玉にキズだが、
テレビに出たがり屋の三流評論家などでは相手にならないくらいの論客だ。

さてその高山が、かつて産経新聞ロサンゼルス支局長として
アメリカに赴任していた時、Social Security Number(略称SSN)
というものを申請した。日本でいうなら社会保障番号みたいなものだろうか。

アメリカには日本のような戸籍制度がないので、日本のマイナンバーみたいな
ID番号が必要になる。それがSSNで、個人の証明だけでなく銀行口座の開設や
運転免許の取得などにも提出を求められるから、外国人就労者は必ず申請
しなくてはならない。

さてそのSSNには個人を識別するための項目欄があって、そこには「目の色」や
「髪の色」「肌の色」といった記入欄がある。これらを自己申告だが埋めなくて
はならない。外国の小説を読むと、登場人物の髪や目の色などが必ず書き込まれている。
日本人はみな同じだから、いちいち髪や目の色を書く必要はないから、最初、
違和感を感じたものだが、たしかに欧米では肌や髪の色はさまざま。個人を識別
するためには目の色や髪の色は申告しておくべきなのだろう。

で、高山は、
「おれの眼の色が黒いうちは……」とか「緑の黒髪」なんて言葉があるから、
たぶん黒で大丈夫だろうと書き込んではみたが、「肌の色」の欄でハタと
考え込んでしまった。
(いったい何色って書けばいいんだろう?)

支局の前任者に聞いたところ、「イエローって書いとけば」ときたもんだ。
(いくら黄色人種といったって、肌の色がまっ黄色なわけではないでしょ)
戦後、日本に進駐した米軍の将校が、
「日本女性は白人女性より色が白い、と驚いた」
とするエピソードを評論家の日下公人が紹介していたくらいだから、
イエローと書くのはどうしたってはばかられる。

思い余って高山が「何て書けばいいの?」と国務省の役人に訊いたところ、
「ミディアムって書きなさい」
と言われたとか。

白人たちはCaucasian(コケージアン)と書き、
黒人はBrownとかDarkと書くらしい。
で、日本人はMedium。なんだかステーキの焼き具合みたいだ。

高山は少しおふざけ気味に、
「少し色白の日本人はmedium-rare(ミディアム・レア)って書くのかしら?」
と窓口の役人に重ねて尋ねたところ、冗談が通じなかったみたいで
やっこさん、キョトンとしていたという。この話、けっこう笑える。

ああ、それにしても黄色人種はミディアムかよ。
俺たちゃビフテキじゃねえぞ!


2019年6月12日水曜日

オジサンがオバサンになる時

市の総合体育館へ初めて行ってみた。
65歳以上は筋トレやストレッチ体操などの施設利用と講習が無料なのだ。
で、すでに利用している友人の案内でちょっとだけのぞいてみた。

筋トレルームにはさまざまな器具が並んでいた。
腕力を鍛える器具、足腰を鍛える器具、胸筋を鍛える器具……。
見れば知り合いのおばちゃんたちがいっぱいいる。
同じ団地のおばちゃんたちだ。

ボクはout-goingな性格もあって、知り合いが殊の外多い。
なにしろ近所のスーパーに行くまで(約100㍍)に、
何度も立ち止まらなくてはいけない。
10㍍進むごとに知り合いと会ってひとしきり立ち話をするから、
なかなかスーパーにたどり着けないのだ。

ボクの中ではすでに「オバサン化」が始まっていて、
いまや細胞の80%くらいがオバサン細胞になっている。

立ち話の相手は9割方オバサンだ。
そもそもオジサンは立ち話を好まないし、サマにならない。
それにどこかバカにしているところがある。
「ラチもない話をしやがって……」
自分たちは女どもと違って、もっと高尚な話ができるんだぞ。
おまえたちに天下国家が論じられるか?
などと、オジサンたちは自分たちを高みに置いてオバサンたちを小バカにしている。

ボクは長年オジサンをやってきたが、近頃オジサンに愛想をつかしている。
オバサンのほうが結局偉いんじゃないか、立派なんじゃないか、と思っている。
逆に偉そうにしているオジサンたちがバカに見えてきた。

オジサンたちの顔はいつも外に向かって閉じている。
イギリス人は人を介して紹介されない限り一言も発しないそうだが、
まさにそんな顔をしている。口を真一文字に結び、「おまえは何者だ!」と
誰何(すいか)するような顔つきで、正直言って怖い。

その点、オバサンの顔は外に向かっていつも開いている。
娘時代は閉じていても、オバサンになるにつれて開くようになる
(逆ならいいんだけど……←コラッ! 何考えてんだ!)。
こっちが声をかけると「あっらーっ、お久しぶり」などと言って笑いかけてくれる。
オジサンはそうはいかない。たとえ知り合いであっても、
最初はちょっと身構えるようなところがある。
オバサンより警戒心が強い分、顔の筋肉がほぐれるまで時間がかかるのだ。

筋トレルームにいた常連らしいオジサンは、新参者のボクの顔をジロジロ見ていた。
この「人の顔をジロジロ見つめる」という行為もオジサンたちの得意技の一つで、
あんまり気持ちのよいものではない。西洋ではill-mannered(無作法な)の
典型とされ、概ね「無教養な人間のするはしたない行為」とされている。
ところがオジサンにはどこ吹く風、自分こそ世界の中心、と思っているから、
こうした無礼千万なマネだって平気でやる。

オジサンたちは体面が傷つけられるのを極度にいやがる。
だからいつも仏頂面を下げ、「この線から入るな!」とばかりに、
周囲に視えないバリアーをめぐらせている。

オバサンにはこの人を排するようなバリアーがない。
ときどき(私はあなたたち庶民とはお育ちがちがうのよ)といった
〝気取り屋さん〟を見かけることがあるが、あくまで少数派で、
ふつうのオバサンたちは最初から警戒心を解いている。
「みんないらっしゃ~い!」というopen-minded(広やかな心)な精神なのだ。

こんなオバサンたちと、ボクはおしゃべりに興ずる。
「イギリスのEU離脱問題」とか「慰安婦&徴用工問題」といったシリアスな
話題はまず出ることはないが、子供や孫たちの話題だけでも優に10分~20分は
費やしてしまう。下世話な話題だが、じゃあ低俗かというと、そんなことはない。
オジサンたちが論じたがる高尚な話柄も、形を変えた〝自己承認欲求〟みたいなもので、
ほんとうのところ、かなり怪しいものなのだ。

オバサンたちはボクがオバサン細胞の持ち主だと、第六感で感じとるのか、
すぐに胸襟を開いてくれる。なかには「襲ったりしないでよ」と念を押しながら
お茶に招待してくれるオバサンもいる。襲うもなにも80代のオバサンを襲う元気は
もうない。

オジサンに足りないのは屈託のない笑いだ。
腹の底から笑えないのがオジサンの限界か。
いつだって見てくれを気にしていて、自分を相手より高みに置きたがる。

そんな堅っ苦しい裃なんか脱いでしまえ。学歴だの職歴だの、
昔の輝かしい栄光なんかみんな捨ててしまえ。
目の前にいるのは、ただのショボくれたおっさんではないか。
なにカッコつけてんだよォ、このボケ!

ボクはもうじき100%オバサンになる。
もともとオッパイも大きい(胸囲115㎝)からちょうどいいだろう。
口ヒゲのあるオバサンというのも、またご愛敬か。





←こんな本もある。
やっぱ俺は病気だったのか