2016年10月24日月曜日

三島はダテや酔狂で自裁したのではない。

もうすぐ読書週間(27日~)がはじまる。
こっちはそんなもの関係ない。毎日、読書を欠かさないからだ。
活字を読むことはめしを食ったり呼吸するのと同じで、
ボクの場合は毎日のルーティンワークになっている。

本格的に本を読み始めたのは中学からだから、もうかれこれ半世紀になる。
昨日は就寝時に『福田恆存評論集』第8巻の中から「滅びゆく日本」と「當用憲法論」
を読み返した。

なぜ日本国は滅びてしまうのか。生来、「悲観的楽観主義者」だという福田は、
《私たち日本人が敗戦によって私たち自身の歴史、伝統を自ら否定し、
意識的にそれとの断絶を計ったことにある》という。

福田はさらにこういう。
《一人の人間を他の人間と区別しうるもの、つまり、その人をその人たらしめているもの、
それはその人の過去以外の何物でもありません。記憶喪失者の例を見れば、
その事実はおそらく自明のことと思われます。自分が何者であったか、どういう生き方
をし、誰とつき合っていたか、そういう過去の記憶を喪失した人間は、同時に未来をも
失うのであります。過去を失えば、現在をも含めて今後どうして生きていったらいいか、
何をすべきか、その方途も根拠もまったく失ってしまうのです。人が未来に向かって
行動を起こす出発点はその人の過去であって、現在そのものでは決してない。
なぜなら、現在とは過去の集積そのものだからです》

三島由紀夫が自決したのは、戦後の日本人が、いとも簡単に過去を否定し、
成金旦那のアメリカに、半ばむりやり押しつけられた平和憲法と民主主義の中で、
まるでお妾さんのように、ぬくぬくと生を享受してきたからである。

過去の歴史や伝統的な生き方を否定した日本人が、
国家、あるいは民族としての連帯感を失ってしまったのは当然の話で、
そこに気づかぬ限り日本は滅びると、福田は言い、
三島も命を賭して訴えたのである。

昨日は近くにある陸上自衛隊の朝霞駐屯基地で安倍首相を招き「観閲式」があった。
早朝から報道ヘリなどが上空を飛び交い、そのうるさいこと。
またそれに輪をかけて、左翼のデモ隊が多数押しかけ、「安保法制ハンタ~イ!」
「若者を戦場に送るな!」などと、トンチンカンなシュプレヒコールを繰り返していた。
そのバカバカしいこと。

左翼というのは底なしに愚か者なのだな、とつくづく思った。
左翼のダメなところは、現実に目を向けず、理想ばかり追っているところだ。
ボクは筋金入りのリアリストで、「合理的であるか、正当性があるか」を
行動規範にしている人間なので、夢見がちの目をした理想主義者、
いやむしろ「空想主義者」と呼ぶべきだろうか。そんな連中とは、
土台肌が合いっこない。

ボクも昔は〝夢見るシャンソン人形〟だったので、その愚かさがよく分かるのだ。
なぜ分かったのか。ひたすら本(主に歴史関連の本)を読んで勉強したからである。
学ぶことで空想主義から決別することができる。理想を口にするのは大切だが、
あくまで現実の世界に足をつけたうえでの理想でなくてはならない。しかし、日本の
空想的社会主義者たちは昔も今も地に足をつけていない。
要は、不勉強な愚か者たちの集まりなのだ。

ボクは愚か者などとつき合っているヒマはないので、これからもずっと
彼らを身辺に近づけないようにするつもりだ。バカはジカ熱みたいに感染するからだ。
そして、そのおバカなヴィールスを媒介する藪っ蚊みたいな新聞が
朝(鮮)日(報)だ。日本に真の「Daybreak」が訪れるのはいつの日のことだろう。




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