2018年2月21日水曜日

みなさんのおかげです

「行け、いけ、いけ、ニャオ! いけーっ!」
女子スピードスケート500㍍。日本の小平奈緒がみごと金メダルを
獲得してくれた。ボクと女房は放送が始まるやテレビ画面にくぎ付け。
「ニャオ、がんばれ! ニャオ、ぶっちぎれ!」
などと、その声援のかしましいこと。

さかりのついた猫みたいに「ニャオ、ニャオ」とうるさいわが家。
奈緒がなぜ「ニャオ」になるかというと、わが家の次女が「ニャオ」だからだ。
小平奈緒もわが豚児も、名前が「ナオ(一字ちがうけど)」で発音が同じ。
うちでは今でも幼児期そのままに「ニャオ」と呼んでいるので、小平奈緒も
勝手に「ニャオ」にさせてもらった。臆面もなく言わせてもらうと、
小平も次女もお目々パッチリの色白美人。心優しいところも共通しているもの
だから「ニャオ、ニャオ」と、つい小平選手への声援に力がこもってしまうのだ。

一流選手が力を出し切ったあとの涙は、勝っても負けても美しい。
選手の中には禁止薬物を使ってまで勝ちたいとする卑怯者も一部にいて、
一流選手が必ずしもFairplay精神の持ち主とは限らないが、
それでもボクは全力を出し切り、精も根も尽き果てたときに自然とあふれ出る
涙の清らかさを信じたい。高木美帆や小平奈緒の涙はことのほか美しかった。
ボクも思わずもらい泣きだ。

スポーツはいい。ボク自身ははそれほど運動神経が発達しているとは思えないが、
スポーツは大好きで、平均的でよければ、どんなスポーツでもソツなくこなせる。
スケートも好きで、若い頃はリンクでよく滑った。当時、ハーフスピードの
スケート靴を持っていて、軽井沢まで足をのばしては兄とよくリンクで
滑ったものだ。

テレビ番組で見たいと思うのは、スポーツ番組とニュースだけ。
アホな芸ノー人が勢揃いし、下卑た笑いが横溢するバラエティなどという
番組は金輪際見ることはないし、わざとらしい演技と幼稚な演出が目立つ
日本のドラマも見ることはない。

選手たちはよく、「多くの皆さんの応援のおかげでここまで来られました」
と、マイクを向けられるたびに常套句のようなセリフを口にする。最初は、
(なんだか、むりやり言わされてるみたい……そう言っておけば無難だしな)
と、いくぶんわざとらしく聞こえたものだが、今はちがう。
自分の力を超えたものがある、という感覚。それは努力をしたかどうかを
超えたもの。選手たちは心からそのことを実感して、「おかげさま」という
言葉を自然と発しているのではないか。ボクはそう確信している。

ひとには誰でも、
(何かの力で自分は生かされているのでは……)
と感じる時がある。この世に生を受け、自分なりに精いっぱい
生きてきたけど、ふとした拍子に、
(今の自分は両親やご先祖、友人たちといった多くの人たちの
〝見えない応援〟によって支えられているのではないか。
運命という名の見えない手と手で、遠い宇宙の連環にまでつながって
いるのではないか……自分なんて、ミミズとかオケラと同類で、
所詮ちっぽけな存在でしかないのでは……)
そんなふうに思えることがある。

なんだか荒唐無稽な話をしているように思えるかもしれないが、
年齢を重ね、ある程度の経験を積み重ねてくると、
宇宙の根源にある無限のエネルギー、そのエネルギーには明らかな
「意志」があると思えてくる。その大いなる意志が自分を生かして
くれているのではないか。

「おかげさま」は「(神仏の)お加護さま」から来ているといわれる。
日本人選手の心からの「おかげさま」を聞くたびに、日本人っていいなァ、
と思い、ついつい顔がほころんでしまうのである。


←2位のイ・サンファをやさしく
抱きしめる小平奈緒選手。ニャオ
という名の子はみんな心優しいのォ、
グスッ。


photo by スポニチ

2018年2月10日土曜日

国防婦人会のおばちゃんたちとおんなしだ

今朝も近所の「和光樹林公園」に行ってきた。
例によって7㎏のダンベルを背負い、完全防寒のいでたちだ。
調子のいい時は、これにアンクルウェイト(くるぶしに着ける重り
をそれぞれ2㎏ずつ着け「7㎏+4㎏=11㎏」の負荷をかけている。
体重が80余㎏だから「80余㎏+11㎏」で計91㎏ほどになり、
その重さで5キロほどのコースを歩く。

徒歩だと体重の3倍が膝にかかり、走ると5倍がかかるという。
となると「91×3=273㎏」が両膝にかかる計算になる。
あいにく膝が関節症でいかれていて、過度の負荷は厳禁なのだが、
持ったが病でこればっかりはどもならん。

前回も書いたが、1周1000㍍のタータントラックは避け、その縁の
芝の上を歩いている。歩くたびに神経が悲鳴を上げるくらい軟骨が
すり減ってしまっているのだが、ごまかしごまかし歩いていると、
どうにかこうにかノルマは達成できる。腕が利かず、水泳も筋トレも
できない身体となれば、せめて下半身だけでも鍛えておかなくては、
と半分切羽つまった気持ちで歩いている。

ぶじに歩き終わり、公園をあとにしようと入口に向かったら、
なにやら10人ほどのおばちゃんたちが叫んでいる。
「平和憲法を守りましょう! 憲法9条を守りましょう!」
土曜日で公園への人出が多いと見たのか、元気いっぱいのおばちゃん
たちが道行く人に声をかけ、署名をお願いしている。

その中に知り合いのおばちゃんがいて、思わず呼び止められてしまった。
(まずいな……)
あっちはいつもと変わらず、ごくふつうの気持ちで声をかけたのだろうが、
あいにくボクは「廃憲派」であり「改憲派」だ。彼女たちが言うところの
「平和憲法」なんて毛ほども信じていないし、こんなもの、GHQがむりやり
押しつけた戦時国際法違反のトンデモ憲法だと思っている。要はボクにとっては
世界一非常識な、煮ても焼いても食えない唾棄すべき憲法なのだ。

そのインチキ憲法を後生大事に守っていれば、未来永劫平和でいられる、
というのが、失礼ながら、ここに居並ぶおばちゃんたちの信じるところ
なのだと思う。「平和、平和」とお題目のように唱えていれば平和が続くだろう、
とする「念力平和主義」の信奉者が、きっとこのおばちゃんたちの正体なのだ。
103条まである日本国憲法は隅から隅まで読み、「前文」も熟読玩味しました、
という人はたぶん少ないのではないか。いや、ひょっとすると一人もいない
かもしれない。

ごくふつうのオツムがあり、日本人としての誇りが一片でもあれば、
読んでいてこの押しつけ憲法はどこかおかしい、と思うのがふつうで、
「前文」にいたっては噴飯もの、とボクなら正直に言える。日本語だって
翻訳調のかなり怪しいものだし、読み込んでいくと、アメリカが意図した
目論見が実によく透けて視えてくる。煎じ詰めると、日本なんて野蛮な国は、
未来永劫、4つの島の中に押し込め、二度と白人たちに逆らえないように
子々孫々まで骨抜きにしてしまえ!――日本国憲法を裏読みするとこうなる。

「ごめん、ボクの考えは皆さんとちと違うんだ。残念だけど署名はできません」
キッパリそう言うと、知り合いのおばちゃんは幽霊でも見たかのように
目を丸くしていた。
でも、しかたがないよね。節を曲げるわけにはいかないもの。

戦争なんて、だれだって避けたいと思っている。
問題はどうやって避けるかの方法論の違いだけだ。選択肢はいろいろあるが、
ボクは紙っぺらに書かれた念仏平和憲法などより、現実的な〝戦争抑止力〟
というものをまず考える。生来、理想主義は心の奥底にしまい込み、
リアリズムだけに依拠しようと自らに言い聞かせてきた。
外からの軍事的脅威には断固軍事力で対抗する。
「やってみろよ! 10倍にして返してやるからな!」
簡単に言ってしまうとこれが実効性のある戦争抑止力となる。

平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、
われらの安全と生存を保持しようと決意した
わが憲法の前文には、こんなノーテンキな文句がつづられている。
(日本国の命運を〝平和を愛する〟隣国の皆さまにお預けいたしますので、
煮るなり焼くなり、どうかお好きになさってくださいまし……)
わが日本国憲法の前文には一国の安全保障を自ら放擲し、
今後は軍隊など保持せず他国の温かい善意にすがって生きていきます、
とマンガみたいなことが書かれている。

支那、ロシア、北朝鮮、韓国……日本の「麗しき隣人たち」のどこをどう叩けば、
《平和を愛する諸国民の公正と信義》などというおめでたい言葉が浮かんで
くるのか。公正と信義に最も遠い〝ならず者国家〟にしか見えないのは、
ボクがひねくれ者で、ボクの目がいたずらに曇っているためなのか?

平和憲法を守れ、と連呼する気のいいおばちゃんたち。
その素直で純粋すぎる気持ちには満腔の敬意を表したいが、
パワーポリティックスが支配する政治の世界はそれほど生やさしいものではない。
(あの人、危険な右翼かも。やさしそうな人だと思っていたけど……)
ボクの後姿を見て、おばちゃんたちはそんなふうに思ったにちがいない。

憲法改正反対を唱えるおばちゃんたちは、
「パーマネントはやめましょう! 長い袂(たもと)はつめましょう!」
と、かつて銀座の街頭に立って若い娘たちの髪や着物の袂をちょん切った
あの国防婦人会のおばちゃんたちと、同じおばちゃんたちだ。
平和を唱える行為も、武運長久を祈って千人針を寄進する行為も
所詮はコインの裏表。やっているのは紛れもない同じ人間なのである。


←ボクの理屈はこうしたおばちゃんたちに
通じるのだろうか、といつも不安に苛まれる。
日本が平和でいられるのは憲法9条のおかげ
なんかじゃなくて、自衛隊と日米安保条約の
おかげなんですよ、おばちゃんたち、
聞いてますか? 





2018年2月8日木曜日

はぐれ猿としての生き方

わが家から歩いて5分ほどのところに「県営和光樹林公園」がある。
広大な園内には合成ゴムで固めた全天候型のタータントラックがある。
1周1000メートルと800メートルのものがあり、ジョギングしたり、
速歩したり、のんびり歩いたり……老若男女が日夜さわやかな汗をかいている。

ボクもリハビリを兼ねて時々出没する。
いでたちはフル装備で、防寒服に身を固め、靴は頑丈なトレッキングシューズ。
背にはおよそ7キロのダンベルを背負っている。先ほども3周ほどしてきたのだが、
もう下着は汗でびっしょり、いまだ風邪が抜けないので急いで着替えた。

ボクはタータントラックの上は歩かない。合成ゴムの反発力が強すぎるのか、
膝に余計な負担がかかってしまうのだ。もともと膝がわるいものだから、
人工的なトラックは避け、トラックの周縁の自然な芝の上を歩いている。
性格的なものもある。生来、つむじが曲がっているためか、「決められた道」
を避けたいとする性向がある。

もともと一匹狼的なところがあって、若い頃から極道用語でいうところの
「一本どっこ」路線を歩んできた。サラリーマン生活はわずかに13年そこそこ、
あとはずっとフリーランスでやってきた。
「自由業ですか……うらやましいですね」
よくこんなふうに言われる。人間関係のしがらみもなく、
勝手気ままに生きている、といったイメージらしいが、
「自由業というのは、実は一番の不自由業なんです」
と、こっちとしては声を大にして言いたい。

アクが強いとか個性的、とよく言われるが、組織が苦手というわけでもなく、
協調性に欠けるということでもない。ただ生涯、組織に属さず生きてゆけ、
とどこか宿命づけられているような気がしている。「寄らば大樹の陰」的な
生き方が生理的にいやなのかもしれない。

こうしたはぐれ猿は総じて長生きしないそうだ。
が、自分の気持ちに正直に生きてゆきたいので、いまさら人と群れようとは
思わない。なにしろ「人と群れるな」をモットーとしてきた人間で、
事あるごとに娘たちにもそう教えてきた。主体性を持たず付和雷同的な行為に
走ることが、いかにみっともないことか、そして必ず道を誤る、と骨身にしみて
分かっているからだ。

メディアはふたこと目には「世論」だとか「民意」をダシにして政府を攻撃する。
民主主義も行きづまると衆愚政治に陥るというが、日本はすでに立派な衆愚政治
に陥ってしまっている。曽野綾子女史はこう言っている。
『世論なんてお盆の上の豆みたいなものね。お盆を右に傾ければ右へ、
左へ傾ければ左へ、ザザーッと一斉に転がってゆく。新聞報道もおんなじね』

衆愚政治から逃れるにはある種のエリート主義的な考え方や価値観を
導入する必要があると思われるが、具体的にどうやればいいか、
となるとよく分からない。ボクの師匠の山本夏彦は、
『ミニも流行、言論も流行』
といった。この世の中には流行・風俗以外の何ものもない、と見切っていた。
『ひとは大ぜいがすることをする。大ぜいが言うことを言う』
このことは男女を問わない。男だっていま流行の言論しか言わない、と。

メディアの連中は恥ずかしげもなく「世論に従うことこそ是なり」
などと公言するが、こうした俗論にふれるとボクはしばしば逆上する。
師匠譲りなのだろう、そもそも民主主義という言葉が大きらいなのだ。
しかし一方で国事を憂い〝乃公(だいこう)出でずんば〟と思って
いたりするのだから、大根(おおね)のところはキマジメなのだろう。

タータントラックの話から大きく外れてしまったが、
心のどこかに、いつの日か「一隅を照らす」ような人間になりたい、
とする思いがあるのだと思う。
人生は死ぬまで修行なのか。


←このトラックのふちの緑の上を歩く。
そのほうが膝にはずっと優しい。
(写真は和光樹林公園)

2018年1月23日火曜日

元の人間(XX)に返りたい

日本はゲイやオカマの天国だ。
昔は世間の片隅でジッと息をひそめていたのに、
いまや堂々と「あたしLGBT(性的少数者)なんです」
とカミングアウトするようになった。世間もあまり驚かなくなり、
むしろ面白がるようになった。多様性を認める社会になった、
といえば聞こえがいいが、あいにく身近にゲイやおネエ系がいないので、
あまり実感がわかない。

一方、テレビをつければ〝おネエ系〟タレントのオンパレードだ。
ボクらはカルーセル麻紀やおすぎ&ピーコの世代だが、最近は、
IKKOを初めはるな愛やマツコ・デラックスなどが文字どおり幅を利かせている。
体重140㎏のマツコなどは〝おネエ系の新皇帝〟などと呼ばれているらしい。

動物行動学の竹内久美子によると、お腹の赤ちゃんは最初はみな女なのだという。
人間の染色体は46個からできていて、その中にXとYという性に関係する遺伝子
がある。女はXXで男はXY。赤ちゃんは最初、すべて女なのだが、その中で、
男候補のYという遺伝子がandrogenという男性ホルモンを盛んに放出する。
その時期が妊娠3ヵ月あたりで、このホルモンが睾丸などの臓器を作り、
ホルモンを身体の隅々まで行きわたらせていく。すると次第に男っぽい身体つき
になり、脳髄もまた「ボクは男だ」と思い込むようになる。

ところがそんな大事な時期に、母体が「空襲」だとか「飢餓」といった
強いストレスを受けると、胎児のandrogen放出にも異変が起きる。
男性ホルモンが時に脳まで行きわたらなくなってしまうのだ。結果どうなる?
身体つきは男でも脳は女のまま、という子供が生まれ出てしまう。
つまりTransjender(性同一性障害者)の誕生というわけだ。

実際に東ドイツで追跡調査をした結果、先の大戦前後20年間に生まれた子供の中に、
同性愛者が多いという結果が出たらしい。androgenを浴びるべき時期に、
連合軍の爆撃にさらされ、野蛮なソ連兵に追いかけまわされる――その強烈な
ストレスが胎児に影響を与えた、というわけなのである。

日本にももちろんそういう時期があった。
この説が本当なら、団塊の世代ダンコンと読む場合もある)はモロ怪しい。
うちの団地(約1600世帯)なんか入居者のほとんどがダンコンの世代だから、
ひと皮むけば嬉しや「オカマの巣窟」なのかもしれない。

実のところ、ボクは団塊の世代が好きではない。
知り合いのF氏は元全共闘のメンバーで、酒を飲むと、
「機動隊とゲバ棒で渡り合った」という武勇伝を〝一つ話〟のように披露する。
彼らにとっては'70年安保闘争という名の〝革命ごっこ〟が生涯の自慢なのだ。

また団塊の世代は朝日新聞と日教組の申し子でもあるから、
「日本が悪い」という自虐史観でガチガチに凝り固まっている。
そういえば東大出の加藤登紀子というタレ目の歌手などは、
日本と聞くと腐臭がしますの」と言ってたっけ。
そんなに嫌いなら日本から出ていけばいいのに、いっこうにその気配はない。
バカにつける薬はないのである。

もともと人間は女なのだから、なかには元に戻ろうとする〝女返り〟の傾向が
強い者がいる。女という原形から男に変わっていくのだから、駆動力が弱いと
つい女に先祖帰りしてしまう。生物学的には容易に成立する理論なのだそうだ。

ボクはあいにくXY染色体をもつ男だが、齢60を過ぎた頃から、
〝もと人間〟である女に戻りたいという衝動に駆られるのか、
細胞が徐々に〝オバサン化〟してきているような気がする。
オバサン化しちゃったほうが生きやすいというか、気分的に楽なのである。

というわけで、団塊の世代とは政治的な立場を大いに異にするが、
艶っぽい〝そっちの世界〟では仲良くできるかもしれない。
バカとオカマは遣い様なのだ。



←トランプは軍隊からオカマを追放せよ、
とする立場





2018年1月8日月曜日

オンナは愛嬌、オトコも愛嬌

鈴木亮平ファンのわが女房は、NHKドラマの『西郷(せご)どん』を心から
楽しみにしている。日本人は茫洋としていて度量の大きな西郷隆盛と坂本龍馬が
大好きだ。が、ハーバード大学の日本史教室では、どちらかというと冷徹な
大久保利通や木戸孝允のほうが高く評価されているという。

俗に維新三傑は「情の西郷隆盛」「意の大久保利通」「知の木戸孝允」と呼ばれる
が、日本の近代化に最も貢献したのは大久保と木戸とされている。この二人が
政治家として圧倒的に優れていた点は正直で清貧だったこと。木戸が死んだときは、
財産が一銭も残っておらず、大久保にいたっては残された家族が葬儀費用も払えな
かったという。ひたすら蓄財に励む、どこかの国(Chineseの国?)の政治家どもに
爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいものである。

「漢(おとこ)は愛嬌こそ大事」
西郷はいつもそう思っていた。無欲と至誠から滲み出る分泌液が〝愛嬌〟の
本質だった。これは一種の風土性といえるものかもしれないが、薩摩人には
「冷酷」を甚だしく憎むところがある。すべてに対して〝心優しい〟というのが
薩摩男児の性根を形作っているらしい。換言すれば、「さわやかな人格である」
というのが薩摩武士の誉れなのである。

薩摩藩には「郷中(ごじゅう)教育」というものがあった。
いわゆる「二才頭(にせがしら)」というグループリーダーがいて、
年下の「小稚児(こちご)」や「長稚児(おせちご)」に対して、
折をみては〝真の武士の生き方〟を訓示するのである。

たとえばそれは「負けるな」「ウソをつくな」「弱いものをいじめるな」
といったことどもである。会津藩にも似たような「什(じゅう)の掟」という
ものがあった。例の「ならぬことはならぬものです」で知られる訓戒事項だ。

西郷どんは弱い者いじめがきらいだった。
「二才頭」だった西郷は卑怯・卑劣を何より憎んだ。
そして会得したものが「己を愛するなかれ!」という「無私」の境地だった。
自分を愛することがなければ物事がよく見えてくる。
西郷は「無私こそが人を動かす」と考えた。

ボクも西郷に劣らず〝イジメ〟がきらいだ。
なぜきらいかというと、皆で寄ってたかって一人の人間を攻撃するからである。
およそケンカというものは〝1対1〟でやるべきものなのに、徒党を組んで
弱そうなやつをやっつける。これほど卑怯・卑劣なことがあろうか。
西郷のめざすところの「さわやかな人格」に最も遠いところにある。
ボクは生来、〝徒党を組む〟〝人と群れる〟という行為を憎んでいて、
生理的に受けつけないというか蛇蝎(だかつ)のごとくきらっている。

人類創生以来、いやこの世に生きとし生ける物がある限り、
「イジメ」はなくならない。イジメによる自殺が起きるたびに、
「いじめをなくしましょう」という言葉が交通標語のように唱えられるが、
悲しいかな鴻毛のごとく虚しく宙を舞うだけで、だれの心にも響かない。

イジメは決してなくならない。
であるならば、いじめをなくすことより、いじめられても傷つかない
強い心を養うことのほうが大切だろう。いじめがいけないのではない。
いじめに負けてしまう弱い心、耐性のなさが問題なのである。
〝古(いにしえ)の道を聞きても唱へても 我が行(おこなひ)にせずば甲斐なし〟
郷中の規範となった〝いろは歌〟を心底噛みしめるべきだろう。

さて話変わって『茶の本』で知られる岡倉天心。
岡倉にはアメリカでは着物を着、日本では洋服を着る、というこだわりがあった。
ある時、弟子たちと一緒にボストンの街を歩いていると、
若いアメリカ人がこんなふうに日本人の一行をからかった。

"What sort of nese are you people ?
Are you Chinese , or Japanese , or Javanese ?"
(お前たちは何ニーズ? 中国人? それとも日本人? ジャワ人?)

岡倉は得たりとばかりニヤリと笑って、こうやり返したという。
"We are Japanese gentlemen. But what kind of key are you?
Are you a Yankee , or a donkey or a monkey ?"
(私たちは日本の紳士です。あなたこそ何キーでしょうか?
アメリカ人? それともロバ? 猿?)

岡倉は福井藩出身の武家で、日本男児としての誇りを生涯失うことはなかった。
冷やかしやからかいを英語のジョークで切り返す――それだけの英語力と
機転のよさを有する政治家が、果たして今日の日本にいるかどうか。
ボクなんかクソ生意気な中国の王毅外相に対して、完膚なきまでやっつけて
やりたいのだが、いかんせん肝心の英語力と機知がない。
明治期の日本人の教養と気概はホンマにすごかった。






←岡倉覚三(天心)。写真は仏頂面だが、
愛嬌はあった。

2018年1月2日火曜日

オメデタ男の年頭雑感

新年明けましておめでとうございます。
本年も変わらずお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

さて、ふり返ってみれば、昨年はひどい年でした。
3月に初孫を授かり、お嬢吉三みたいに「こいつァ、春から縁起がいいわえ」
と舞い上がり、夏季はフランス人留学生をあずかって、刺激のない生活に活を
入れたものですが、秋風が吹くころから身体の一部が変調をきたしてきました。
右腕の上げ下げ、曲げ伸ばしがまったくできなくなってしまったのです。

それから病院通いが始まり整形外科、神経外科などで徹底検査。
出てきた病名が「頸椎症性筋萎縮症」と「腕神経叢(そう)ひきぬき損傷」の
二つでした。どちらも手術が必要で、医師曰く「難物」だと。

ボクはすでに膝がいかれていて、走ることができません。
そのため水泳で身体を鍛え、ムキムキの筋肉を誇っていたのですが、
その水泳もダメで、できるのはわずかに水中ウォーキングだけとなると、
生きている甲斐がありません。

ただでさえ加齢による油切れで、身体のあちこちが悲鳴を上げ、
大事なところも生殖機能がほぼ失われ(河岸をかえれば復活するという説も……)
いまや泌尿器機能一本やりとなれば、
   
     裾野よりふりさけ見たる富士の山 
          甲斐(嗅い)で見るより駿河(するが)第一

とはいかなくなって、これまた生きている甲斐がないのです。

話変わって、暮れに娘たちの幼かった頃のビデオを見返してみました。
正確にはビデオではなくDVD。大量にあったビデオテープを大枚はたいてDVDに
ダビングしてもらったのです。デジタル録画にしておけば、少なくとも経年劣化は
防げます。

保育園の頃の学芸会やら運動会の映像を見て、再び三度夫婦で大笑いしていた
のですが、その笑いの元のヨチヨチ歩きの娘が、昨春男児を産み、
今や堂々たるお母さんであります。見れば娘たちを応援しているボクや女房も、
当たり前の話ですが、めっちゃくちゃ若い。髪は黒々、肌もつやつやしていて、
動きまでもが俊敏です。

これはノロケですが、30年前の女房の、なんとまァ可愛いらしいこと(笑)。
(ああ、おれはこんな可愛い女に惚れたのか……)
自らの審美眼の正しさに安心したり、悦に入ったり……。

今日は次女夫婦と孫も来て、家族全員が揃います。
みんなで初詣に出かけ、全員の無病息災を祈るつもりであります。
可愛い女房と可愛い娘たち、そしてカッワイ~イ初孫に頼もしい娘婿……
腕一本が利かないからといって贅沢を言ってられる身分ではありません。

かの久米の仙人だって洗濯女の脛(はぎ)の白きを見て通力を失ったといいます。
河岸など変えずとも、心がけ一つでFunctional Age(機能年齢)は延びそうです。
『徒然草』(第八段)にもこうあります。

     世の人の心まどはすこと、色欲にはしかず。
                人の心はおろかなるものかな。

読者諸賢にありましても、Functional Ageをかぎりなく延ばされんことを祈念し、
年頭雑感とさせていただきます。お後が宜しいようで。






←10年ほど前の勇姿。大学後輩のドラマーは
現在プロで活躍。













←バンド名『Flying Fossils』
(空飛ぶ化石)の頃の熱唱。
この時代が最強メンバーか。






2017年12月17日日曜日

65歳の切なる願い

今年からお中元、お歳暮のやりとりをやめることにした。
女房のほうは今までどおり続けるつもりらしいが、ボクはあっさりやめた。
兄弟親戚、仕事関係、友人知人……毎年、時季が来ればそれなりのものを
みつくろい、「来年もよろしく」と心をこめて荷物を送った。
先方からもまた心入れの品が送られてきた。

生来、古くからの日本の伝統や慣習は尊ぶタチなので、
やめると決断する時は、さすがに迷った。品物を選ぶ手間だって
たいしたことはないし、金額だって知れている。続けるつもりなら
死ぬまで続けられるのだが、ボクは今年が〝潮時〟だと思った。
今年で満65歳。この歳になると、日本では〝前期高齢者〟と呼ばれるようになる。
年金受給者にもなる。それに今春、めでたや初孫(♂です)が生れた。
文字どおりの〝ジージ〟になったのである。

(あと何年丈夫に生きられるだろうか……)
高齢者の仲間入りを果たすと、こんなことまで考えるようになる。
せいぜい15年か、うまくすると20年くらいいけるかもしれない。
どっちにしろ、あっという間の月日である。

ところが、9月頃から身体が変調をきたすようになった。
なぜか右腕が利かなくなってしまったのである。
手指は動くのだが、肘の曲げ伸ばしができない。
腕にまったく力が入らないのである。
心配になり、病院でMRIなどあらゆる機器を使って入念に調べてみた。
結果、頸椎と右腕の付け根の神経叢に異常があることが分かった。
治すにはメスを入れるしかないそうだが、神経が複雑に入り組んでいる
場所だけに難しい手術になるという。

おかげで大好きな水泳ができなくなった。膝に故障を抱え走ることができない
ボクには、水泳が最後の砦だった。10数年来、仲間たちと続けている
キャッチボールもできなくなった。ギターも満足に弾けなくなったし、
箸だって持てやしない。
(65という歳は大きな節目の歳なんだろうか……)
だんだん気分が落ち込んできた。

(腕一本利かないくらいでゴチャゴチャ不平を鳴らすな!)
どこかで生来の利かん気が頭をもたげ、弱気を戒めている。
そうだよな、まだ左腕があるし……五体不満足を嘆くのは男らしくないな。

てなわけで、「65歳潮時説」がいよいよ現実味を帯びてきたのである。
お中元とお歳暮をやめたついでに来年から年賀状もやめることにした。
毎年、相手の顔を思い浮かべながら手書きでびっしり書いたものだが、
これも失礼させてもらうことにした。子供の頃から続けてきたことを
いきなりやめるのは正直つらいのだが、SNSの普及した時代である、
いざとなればメールだって電話だってある。またボクの近況ならブログ
Facebookで十分知れる。

もともと金銭や品物のやりとりを厭う性格である。
相手とは常に対等でありたいと思うあまり、
モノのやりとりでそのバランスが微妙に崩れるのが
生理的にイヤなのである。
そのことをご理解いただけたなら、中元・歳暮・賀状の類は
今後いっさいお構いなしに願いたい。なかには、
「いや、私は勝手に送らせてもらう」
とする奇特な方もおられよう。ボクとしては「お気の済むまでドーゾ」と
言いたいところだが、こっちからは金輪際返礼しないのだから、
ますます心に負担がかかってしまう。そこのところをご理解いただき、
ぜひともご再考願いたい。重ねてお願いする。


さて長々と弁解がましい抗弁をつらねてしまったが、
なにとぞお赦しを。要はメンドウ臭がり屋のワガママ男なのである。
9月頃に似たようなブログを書いたが、不徹底なため再度、ワガママな思いを
一文にさせてもらった。浅学菲才がゆえのワガママと、どうかご寛恕のほどを。






←9月頃、関係者に送ったハガキ
を再度掲載する。