2017年2月22日水曜日

寸止めの〝いきまない〟江戸芸を愛す

若い頃から落語が好きだった。
新宿「末広亭」にはよく通ったし、落語のCDもよく聴いた。
また古典落語の本はあらかた読んでしまった。

どっちかというと江戸芸といわれる東京の落語が好きで、
こってりした泥くさい上方落語はどうも性に合わない。
好きな噺家は古今亭志ん生や三遊亭圓生。志ん生の『火焔太鼓』など
は何度聴いても笑ってしまう。

江戸の〝いきまない〟芸を愛する圓生は、浪花節みたいに絶叫したり、
高座の上でひっくり返ったり寝そべったりする大仰な上方芸を好まなかった。
《こっちは十のものが八分までくれば、もうそこで止めてこれ以上はやるべき
ものじゃないということで控えちゃうわけですが、向こうは突き当りの十までいって、
そこを破って、さらに先までいっちゃう(笑)》

圓生は品のない芸も好まなかった。
《(上方の落語家は)ただ笑わせればそれでよい、猥褻であろうと、
穢い話であろうと、ただ笑わせれば客は喜ぶ。芸になっていようといまいと、
下劣であろうと、そんなことは構わない、という。でもね、本当の落語は
そんなものではありません。何よりもまず、芸に品格がなくては……芸も
本わさびの芸でないといけません、粉わさびの芸はあたくしは大きらいです

〝いきまない芸〟というのは落語だけに限ったものではない。
ボクみたいに文章を書いて生計を立てている人間にとっても心すべき言葉だ。
素人はついいきんでしまう。自分を大きく見せようと、言葉を飾ってしまう。
文章の極意は余計な修飾語を削りに削っていく「引き算」にあるのに、
「俺はこんなにも学殖が豊かなんだぞ、どうだ畏れ入ったか!」
見栄を張りたいがために、こてこてと「足し算」式に言葉を飾ってしまう。

落語と同様、文章にも〝間〟が必要で、志ん生や圓生には独特の間があった。
特に志ん生の間の取り方は絶妙で、あそこまでいくと〝神域〟の感がする。
文芸評論家の小林秀雄は、よく講演会を頼まれたが、聴衆の前でうまくしゃべれず、
心底悩んだ時期があった。そんな時、ヒントを与えてくれたのが志ん生の落語だった。
小林は志ん生の〝間〟の取り方を不断の練習で自家薬籠中の物とし、数々の講演を
成功させている。残された小林の講演会CDを聴くと、まるで志ん生が乗り移った
かのようである。

文章には〝間〟と〝リズム〟が必要だ。
稀代の文章家と呼ばれる人たちの文を読むと、みなそれぞれにリズムや間があり、
筆者の息づかいさえ感じられる。「文は人なり」そのものなのだ。
落語も文章も、限られた時間やスペースの枠内で芸を見せなくてはならない。
ボクは「不自由のなかの自由」という言い方をしているが、自由というものの
本質は概ねそんなものだろう。五七五という〝不自由〟がなければ、一つ一つの
言葉の粒が立った俳句の妙味など生まれようがない。

落語好きのボクは、かつて新作落語コンクールに作品を応募し、
次点に選ばれたことがある。『人情風呂』という作品で、
舞台は江戸末期から明治にかけての市井の〝湯屋〟である。
いつか機会があったら、自作自演の芸を高座よりお聞かせしましょうかね😅。




←ナメクジが這うような貧しき長屋で
暮らしたという古今亭志ん生。志ん生の
自由奔放な芸は、ボクにも大きな影響を与えた。

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