吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』が売れに売れているという。
マンガ版が火をつけたそうだが、原作の岩波文庫もにわかに売れ出した。
もうすっかり内容を忘れてしまったが、実はボクも読んだ、半世紀も前に。
青春期は「迷い悩む」時期でもある。
生き方に悩み、人間関係に悩み、性に悩む。
半世紀前のボクは全身〝悩みのデパート〟だった。
対人恐怖症や自律神経失調症に悩まされ、
情緒不安定だったせいか友達がひとりもできなかった。
その一方でガールフレンドだけはしっかり確保し、
ちぎっては投げ、契っては投げ(?)していたのだから、
野郎どもから見れば「なんともいけ好かないやつ」ということになる。
友達ができないというのは、自分の側に主な責任があった。
対人恐怖症のせいなのか、相手との適正距離感というものがうまく
掴めなかったのだ。人間関係は個々の相手との適正距離をどうとるか、
に尽きる。そのコツさえわかれば、双方にとって居心地のよい場が形作られる。
それと相手を必要以上に意識するのもペケだ。
若い頃はともすると自意識過剰ぎみになり、相手に対してもつい気をつかい
過ぎてしまう傾向がある。齢を重ねると、場数だけは踏んでいるので、
常に自然体の自分でいられるようになる。相手にどう思われようと、
「ま、いいか」と気にしない。相手に嫌われようと笑われようと、
「どうぞご勝手に」とまるで意に介さなくなる。面の皮が厚くなるともいうが、
「ありのままの自分でありさえすればいい」という、
いってみれば賢く開き直れるようになるのである。
そうした境地に達するまでは、いろんな経験を通して、自分なりの
人間観なり人生観といったものを形成していくわけだが、若い時分は
総体としての経験が少ないからそれができない。未熟なるがゆえに、
傷つけ傷つき、出口のないトンネルの中で光を求めもがき苦しむ。
いまから思えば、「なぜあれほどまでもがき苦しんでいたの?」
と、当時の自分に問いかけたいくらいだが、当時の神経症を患っていた
自分にしてみれば、それこそ必死で魂の救済を求め苦しんでいたのだ
と思う。
そんな時、手にとった一冊が『君たちはどう生きるのか』だったのだろう。
鮮明な記憶がないので、ボクの琴線に触れる内容ではなかったのかもしれない。
あの頃、ボクは飢えた狼みたいに、文学書をむさぼり読んでいた。
『人間失格』『若きウェルテルの悩み』『にんじん』『冬の蠅』『三太郎の日記』
さらには『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』と、生き方の指針が得られそうな本は
手当たり次第に読み飛ばしていった。
ボクが対人恐怖症だった、赤面恐怖症だった、などというと、
友人たちは「冗談でしょ」というような顔をする。
「あんたに悩みなんかあったんかいな?」
失礼なやつはそんなことまで言う。これじゃァただのバカだ。
新聞下段の書籍広告欄を見ると、「生き方のノウハウ」をテーマにした本が
ことのほか多いことに気づく。老いも若きも生き方の指針が見つからず、
もがき苦しんでいるのだろうか。いまのボクなら
「いつか時が解決してくれますよ」
とのんきに答えられるが、昔のボクがそうであったように、
当事者にしてみれば生きることそれ自体が苦しみそのものなのである。
およそ1万冊の蔵書の中には、若い頃の傷つきやすかった自分を支えてくれた
本が数多くある。読み返してみようとはサラサラ思わないが、「読書尚友」
という習慣、すなわち書物を通して先人たちに親しむという習慣が、陰に陽に
今日までボクを生きながらえさせてくれたことは確かだろう。
「友達は死んだ人にかぎる」
とはボクの師匠・山本夏彦の名言だが、書物の中の先人たちに教え導かれた
ボクは、この言葉の重みを心底実感しているのである。
←版元は歴史的名著などと宣伝しているようだが、
はたしてそうか。
嶋中労さま
返信削除おはようございます。
学生時代に読書らしい読書をする意欲が無かった田舎者です。
二十歳過ぎこれではいけないと考えたのでしょうか、高校時代の国語の先生(当然女性)に
手紙を書きました。内容はこれから社会人として生きていくうえで学生時代に読んでおくべきで
あった本の題名を教えていただきたいのです。たしかこんな感じであったと記憶しています。
そして今現在ですが子供たちが本を手にするようになったのです。長男はまだ読みたくて
しょうがないには成らず、ただ読んでいるふりをしているのですが、娘は日に一冊は楽に
読むそうです。カミさんとはほんとに分かっているのかねと話したりしていますが
自分にないものを持っている娘には正直驚かされるばかりです。
人は弱いものでどこかに誰かに支えを求めてしまうのではないでしょうか。
ありがとうございました。
田舎者様
返信削除おはようございます。
読書家になるか否か、はその人の内的欲求が強いか否かですね。
ボクの場合は、孤独を癒すための〝心のシェルター〟でした。
明るく元気で友だちもいっぱいいたボクの娘たちは、期待したほどの読書好きには
なりませんでした。本好きにもいろいろなバリエーションがあります。
ボクはそのひとの書棚にどんな本が並んでいるか、
ひと目見るだけで〝人となり〟がわかりますね。
どんな人生を送ってきたかも漠然と分かる。
若い頃は、すべての本にカバーをして、書棚を見られても、
ボクの内面まで見られないようにしていました。
ずいぶん面倒くさいことをやっていたんですね。
若い頃のボクは超傷つきやすい、all tensionといった少年でした。
読書家の娘さん、将来が楽しみですね。