ボクの生まれ故郷の川越は芋の町といわれている。
昔からサツマイモの産地として知られているからだ。
ボクが川越出身だと知るや、相手はパブロフの犬みたいに、
「川越といえばサツマイモで有名ですよね」
などと反応してくる。いったい幾たびこのセリフを聞かされたことか。
なかには「それじゃあ、文字どおりの芋にいちゃんだ」
と腹を抱えて笑い出す失礼な輩もいる。
芋にいちゃん――ああ、これもすでに耳タコだ。
市街地に育ったシティボーイのボクとしては実に心外なのである。
「サツマイモはね、川越の在のほうで作っているものでね、
ボクらシティボーイには関係ないのよ」
内心、こんなふうに反論してやりたいのだが、相手の頭の中にある
「川越=イモ」という公式が強固なだけに、なかなか耳を貸してくれない。
先日、わが団地内の「ラジオ・シーアイ」に出演した際、ひとしきり川越の自慢話を
したのだが、松江町にあった旧映画館「ホームラン劇場」の真ん前にある「つぼ焼き」
屋も話題に出た。この店では大きな壺の中に芋を入れて蒸し焼きにしているのだが、
この蒸かし芋が母の大のお気に入りで、子供の時分、よく買いに行かされた。
江戸期、焼き芋屋の看板には「八里半」と書いてあった。
栗(九里)みたいな味がするが、それにはやや及ばないというので八里半。
ほどなくして小石川に「十三里」という看板をかけた店が登場する。
「栗よりうまい(九里四里うまい)」とかけた駄洒落である。
ただ「十三里(九里+四里)」では、「栗より……」と言っているだけで、
旨いか不味いかわからない。そこで「栗よりちょっとばかり旨い」ということで、
「十三里半」と書く店も出たという。
またこんな江戸小噺もある。
《わしが近所の八百屋で、十里という焼き芋があるゆえ、八里半より一里半多いから、
これはよかろうと思い食ってみれば、腐って生焼け。何度食べても同じだから、
亭主に聞いたところ、『腐って生焼けゆえに十里でござります。食うたびに、
五里五里(こりごり)いたします』》
悪乗りしてもう一つ尾籠な話を披露する。
これもまた江戸時代の話だが、自由自在に放屁できる奇人がいたという。
彼らは〝曲屁師(きょくへし)〟と呼ばれていて、両国界隈では人気の見世物
だったらしい。この曲屁師たち、仕事のために常に芋を食べていたそうだ。
で、こんな川柳も残っている。
両国へ屁をかぎにいく四里四方
わざわざ身銭を切ってオナラを嗅ぎにいく、というのだから、
江戸文化がいかに豊穣であったかが分かろうというもの。
近頃は亭主の鼻先で平気で放屁する〝女房〟という名の曲屁師がいる
と聞くが、その臭いに陶然とする行為を「風流」と呼ぶかどうかは知らない。
←川越のつぼ焼き屋さん
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