2018年12月12日水曜日

端くれにも五分の魂

昼間っから団地内をブラブラしているから、怪しいやつと映るのだろう。
「失礼ですが、お仕事は?」
とよく訊かれる。
「ハァ……物書きです。といっても端くれですが……」
「どんなものをお書きになってるんですか?」
「そうですね、どっちかというと恥をかいたり大汗かいたりしてますね」
「…………?」

元市議会議員のI氏から、
「ささやかな自叙伝を残したいんだけど、代わりに書いてもらえませんか?」
と頼まれたことがある。まんざら知らない仲でもないので請けてもよかったのだが、
丁重にお断りした。なんだか気が乗らなかったのである。ボクは自著だけでなく、
他人の本も代筆する。いわゆるゴーストライターの仕事である。
それほど数をこなしたわけではないが、有名人の本は何冊か代筆している。

そしていま、久方ぶりに自分の新刊を出す予定でいる。
某有名出版社から、ありがたくも執筆依頼が舞い込んできたのだ。
もう齢も齢だし、頭も相当耄碌してきたので、このまま無為徒食を続けようと
虫のいいことを決め込んでいたのだが、
「お酒ばかり飲んでないで、少しは働いたらどうなのよ!」
と女房にきつく叱責され、しかたなく腰を上げることにした。
たぶん恥のかき納めになると思う。

近頃の新聞の新刊案内を見ると、純文学系の本が少なく、
ほとんどが〝ノウハウ本〟で占められていることが分かる。
こうやれば〝スマホ首〟が治る、だとか、半月板のズレを戻せば膝痛が治る、
あるいは定年後の〝断捨離〟をどうする、便秘に効くのは〝こうじ水〟
といった類の本ばかりだ。そうかと思うと、昔懐かし吉野源三郎原作の
『君たちはどう生きるか』が復活したりしている、漫画版だけど……(笑)。

安易なノウハウ本をバカにしているわけではない。
膝痛に悩むボクなんかさっそくアマゾンで注文したくらいだ。
しかしこの手の本を百万冊読んでもいわゆる教養は身につかない。
おそらく、スマホ中毒で〝スマホ首〟を患っている人間に
真の教養人は皆無であろう。片々たる情報などいくらかき集めても、
人間性に奥行きが増すわけではないのだ。

物書きの端くれとして言えるのは、月並みだが「文は人なり」ということだ。
どんな文章であっても、書き手の人間性、教養の度合い、ものの考え方、
政治的党派性といったものがすべて出てしまう。
ボクの文章は「クセが強い」とよく言われる。だから好いてくれる人が
いれば嫌う人もいる。ボクはそれでいいと思っている。
万人受けするであろう、差しさわりのない文章を書けないわけではない。
が、そんな文章を書いて何が楽しいんだ、という思いはある。

ボクの文章にクセがあるというのは、それはとりもなおさずボク自身が
クセの強い人間だからであって、ムリしてクセの強さを演出しているわけではない。「……てゆーか」とか「……っていうみたいな」とかいう、自信のなさから来る
今どきの若者言葉は一切出てこない。すべて断定調で「私はこう思う」と
ハッキリ書いてある。ボクの師匠である小林秀雄や山本夏彦、福田恆存もみな
断定調で書いていた。それはすなわち「文責はすべて私にあります」ということ
であって、語尾をボカし責任をはぐらかす姿勢とは無縁なのである。

ボクは高校時代に小林秀雄に心酔し、なけなしの貯金をはたいて
小林秀雄全集を買い込んだ。小林秀雄は難解、とよく言われた。
学校の教科書に載っている『無常ということ』といった文章に触れ、
反射的に拒絶反応を示してしまうのだろう。

ボクは格別頭がいいわけではないが、小林秀雄の文章は素直に胸に落ちた。
小林の男性的で硬質な文章がボクの好みでもあったのだ。たぶんボクは、
いまでも(小林秀雄みたいな文章が書きたい)と心の底で念じているのだと思う。
その小林の墓は北鎌倉の東慶寺にある。何度か詣でたことがあるが、
近く花でも手向けに行こうかと考えている。たまたま取材したい店が
北鎌倉の雪ノ下(小林は昔この雪ノ下に住んでいた)にあるから、よい機会なのである。

どんな文章にも肌ざわりというものがある。
その肌合いが合うか合わないか――その作家を好きになるかならないかは、
案外そんなところで決まってしまう。ボクが小林秀雄や山本夏彦を勝手に師と仰いで
いるのは、どことなく肌合いがあったから。馬なら乗ってみよ人には添うてみよ、
というではないか。作家に対しても添い寝の覚悟が必要なのだ。

ボクの本(『おやじの世直し』と『おやじの品格』)を読んだ読者が、
「古武士のよう」とか「徹頭徹尾硬派」といった感想を手紙に託して送ってくれた。
ちょっぴりこそばゆい思いがするが、素直にうれしい。
さて、次なる本にはどんな想いを託すとしようか。




←北鎌倉の東慶寺にある小林秀雄の墓。
苔むすままの古風な五輪塔だ。













2 件のコメント:

  1. しまふくろうさま、こんばんは(^-^)
    今年は例年にないほど怪我ばかりして、
    足の指を折ったり腕をひねったり尾てい骨打ったり。
    おまけで突き指もした木蘭でございます(笑)

    あら。
    先日奥様とお話しましたが、
    とっても優しくて、
    また私の話をからからと笑って下さったりする、
    素敵な奥様でしたよ。

    チコちゃんに叱られるが如く、
    しまふくろうさまは叱られてしまうのでしょうか(^▽^;)(笑)


    新刊、待ち遠しいです♪
    「おやじの世直し」を手にしたとき、
    「こんな方がちゃんと世の中にいたんだ」と、嬉しく思ったことを覚えています。

    私の本棚には、「世は〆切り」の隣に「おやじの世直し」を並べています。

    新刊が出たら、夏彦先生を挟むようにして並べたいと思っています(#^.^#)

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  2. 木蘭様
    相変わらずケガの絶えない人ですね。
    たぶん注意散漫で、生来おっちょこちょいなんでしょう。←ホメてる。

    そんな尼さんが檀家さんの前で説教を垂れてる図を想像すると、けっこう笑えます。

    でも、そんな不器用な木蘭さんだから、誰からも愛されるんじゃないかしら。
    チコちゃんには絶えず叱られそうだけどね(笑)。

    これからも生傷の絶えない日々でしょうが、木蘭さんの守護神であるしまふくろうが、
    遠くの空から見守っています。安心して蹴つまずいたり尾てい骨を打ってください。

    キズだらけの木蘭さんは素敵です!

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