2018年6月7日木曜日

生身の友より「ネト友」が好き

鳥目散帰山人(とりめちる・きさんじん)と号する変わった男がいる。
まるでうがい薬みたいな雅名で、思いっきり「ガラガラガラ、ペーッ!」
とやったらさぞ気持ちがいいだろな、と思わせたりもするが、
実際に会うとなかなかの曲者で、「トリセツ」でもないと火傷しそうな
雰囲気を全身に漂わせている。

この帰山人、コーヒーの業界では〝超うるさ型〟で通っている。
コーヒー卸しとか喫茶店やカフェを経営しているわけではない。
ただのコーヒーフリークで、コーヒーにまつわることなら誰にも負けない
博覧強記、というのが大方の見方で、コーヒー関連のイベントや講演会には
ヒマでもあるのだろう、足繁く顔を出す。そして最後の質疑応答の場面では
われ先に手を挙げて、なんとも答えにくいような難問を投げかけては悦に入る、
という困った性格で、ギョーカイ内では世に聞こえた講演者泣かせの男なのである。

この度し難い男はネット上に『帰山人の珈琲漫考』という人気サイトを
開設している。その中身はさながら〝コーヒー百科〟の様相を呈していて、
コーヒーの科学』や『珈琲の世界史』で知られる旦部幸博の『百珈苑』と
ほぼ人気を二分している。

ほんとうは『珈琲珍考漫考』というタイトルにするつもりだったらしいのだが、
これではあまりに露骨過ぎ、アダルトサイトと勘違いされそうだったので、
泣く泣く「珍考」を削った、という経緯がある。

帰山人は独特の文章を書く。決して平易ではない。
難解晦渋とまではいかないが、クセのある捻りのきいた文章を書く。
大変な教養人でもあるので、一つ一つの言葉にはボカシの入った皮肉が
散りばめられていたりする。およそ凡夫匹夫にすんなり読めるような代物
ではなく、言葉遊びが好きな分だけ解読に手間取ってしまう。

こんな男の文章だが、個性的といえば個性的なので、ボクは
拙著『コーヒーの鬼がゆく』の〝あとがき〟を書いてくれないか、
と丁重にお願いした。氏は快諾してくれて、めでたく本は出た。

原稿執筆をお願いしたものの、ボクと帰山人は互いに面識がなかった。
本の発刊後、一度だけ顔合わせをしたことがあるが、その後はインターネット上で
言葉を交わしているだけで、親しく膝をつき合わせて話をしたことはない。

当今の〝人づき合い〟というのは存外こんなものか。
淡きこと水のごとし、ではあるが、このほうが長持ちするという意見もある。
ネット上で知り合った友人は帰山人にかぎらず、いっぱいいる。
互いのブログにコメントを出し合うことで知り合った仲がほとんどだから、
会う前から考え方の大筋は読めている。「文は人なり」で、
ブログを読むだけであらかた人間性は知れてしまうのだ。

ボクの場合は、「メル友」ならぬ「ネト友」か。
どちらも生身の人間ではなく、インターネット上で交誼を重ねる、
というところに特徴がある。ならば生身の友より友誼に薄いかといわれると、
そうでもない。ボクなんかはむしろ百年の知己のように感じる時もある。

つくづく不思議な時代に生きているもんだな、と思う。
そんなボクに向かって、帰山人は、
「早くあの世へにじり寄って行ってください!」
などと、丁寧な言葉ながらしきりに〝あの世ゆき〟を勧める。
で、ボクは礼儀をわきまえた後輩思いの紳士ゆえに、
やさしく「after you」と応え莞爾(かんじ)として微笑むのである。










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